第8章 いきなりの初任務
しばらく交通量の多い街中を進んでいると、大きく開けた広間に出た。そこは一際人通りが多く、周囲を見回してみると、どこもかしこも豪勢な建物で埋め尽くされていた。
「ここら辺がルセリアの中枢だな、んで、あれがルセリア中央銀行」
シノさんが指したのは、三階建ての大きな銀行だった。上ではなく、奥に大きく伸びているのが特徴的だけど、この辺りの建物が全体的に大きなせいで、あまり存在感は感じない。
「あれ?なんだか人だかりができてますね」
よく見ると、銀行の前に多くのギャラリーがいるのが見て取れた。どうやら銀行が閉鎖されているようです。
シノさんもそれに気づいたのか、訝しんでいるようだった。
「んっ、確かに……もしかして急に銀行が休み――」
しかしシノさんの話は、唐突に銀行の方から聞こえてきた銃声と、
「!?シノさん今のって――」
私はすぐさま隣にいるはずのシノさんに話しかけると、しかしそこには既に誰もいなかった。
ふと視線を前に向けると、シノさんは銃声が聞こえてきた方、ルセリア中央銀行に全速力で向かっていた。
「えっ、ちょ、ちょっと!」
私も置いて行かれないように、急いでシノさんを追いかける。
事態を完全に把握しきれてはいなかったけれど、シノさんのあの変わり身の早さや、周囲の人々のざわめきなどから、今のがただ事ではないのは間違いないでしょう。
おそらく今、銀行の中では何かしらの事件が起きている。シノさんはそれが、このギルドの活動目的に該当すると判断して、一目散に駆け出したんでしょう。というより、もしかしなくてもこれって、いきなりの初任務なのでは……
先を行くシノさんは銀行前の人だかりに到達すると、立ち止まることなく人だかりを抜け、そのまま銀行に向かっていった。
「おい君、今は立入禁止だ、入っちゃいかん!」
シノさんは警備をしていた騎士団のおじさんに止まるように警告されるも、それを完全に無視しているようだった。
銀行の入り口――ではなく側面に向かったシノさんは、銀行とその隣の建物を三角飛びの要領で駆け上がり、あっという間に銀行の屋上まで登ってしまった。
あんな軽快な動きができるなんて、シノさんはビュームなんでしょうか?そういえば、まだ種族を確かめてませんでしたね……。ってそんな場合じゃない!
私は走りながらも迷っていた。騎士団が出動しているようなこの異常事態に、これ以上首を突っ込んでいいのかと……
けれど同時に、私の脳裏にある言葉が浮かび上がる。
『もしお前が俺を尊敬させられるほどの人物になれたら、俺はお前に敬意を払って謝罪でもなんでも、お前の言うこと素直に聞いてやる』
果たして、もし私がここでシノさんを追いかけなかったら、彼を認めさせることが出来るのでしょうか……
「あーもう、やってやりますよ!」
やらない後悔より、やる後悔だ。
「ハイジャンプ!」
意を決した私は、シノさんがいる銀行の屋上めがけて魔法による大ジャンプ。目の前の人だかりごと飛び越えた。
「こらー!立入禁止だと言っておるだろうがー!」
「ご、ごめんなさいー!」
飛んでいる最中、下から先ほどの騎士団員さんが今度は私に呼びかけてきた。でももう、ここまで来たらもうなりふり構っていられません。
無事屋上に降り立った私は、シノさんのもとに合流する。
「お前、どんな大胆な登場の仕方してんだよ……」
「あなたも大して人の事言えませんよね!」
この銀行も、目の前から見ると豪勢な建物だったけど、あまり整備されていない屋上を見回してみると、かなり年季が入った建物であることがうかがえる。
「それよりも、どうして急に乗り込もうとしたんですか?それも屋上から」
私はシノさんに行動の真意を聞いた。
「お前、わかってないのについてきたのかよ……。まぁいい、理由としては突入するチャンスが今しかなかったからだ。敵はしばらく銀行に籠城するだろうし、その場合、たとえ騎士団の本隊が到着しても乗り込むのは困難になる。であれば、敵の態勢が整っていない今の内に突入するのが賢明だ」
シノさんはそう断言口調で言ってのけた。
「籠城って……。それに、どうして態勢が整ってないって言えるんですか?」
「銀行の窓のカーテン、一階は全箇所、二階も半数程閉められてた。すぐに逃げるんならそんな手間のかかることしないはずだろ?ということは、敵が守りを堅牢にして、しばらく居座ることは容易に予想できる。そして、まだ全部閉め切られててないということは、現在進行形で立て籠もりの準備をしているってことだ」
私の疑問に即答したシノさん。悔しいけれど、あの一瞬でここまで状況理解したというのは、普通にすごいと思う。
「なるほど、一階だけカーテンが閉め切っているということは、敵は一階付近に密集している可能性が高くなる。だから、敵の警備が薄い屋上から侵入したわけですね」
あれ?だとしたら私、あんまり目立った侵入の仕方はしない方が良かったのでは……
「わかったら、早く中に入って身を隠すぞ。お前のせいで敵に見つかった可能性があるからな」
「や、やっぱり……」
私たちは屋上から階段を使って三階に降り立つと、まずは周囲の確認をした。このフロアは一般の客が訪れるような場所ではなく、オフィスや応接室、はたまた
「誰も……、いませんね」
しかしそこには、人が全くいないようだった。敵はおろか、職員さんも含めて誰一人として……
「もしかして、銀行内にいた人全員、一か所に集められてるんじゃ……」
「人がいた痕跡はあるし、多分そうだろうな」
「となると、それを見張る役が必要だから、敵はやはり複数人。銀行の大きさを考えると、それなりの人数は覚悟しておいた方がいい……、って思うんですけど、どうですかね」
「いいんじゃない?俺もそう思うし……」
シノさんは話している最中も、気を抜くことなく周囲を観察している。
ひとまずのところは大丈夫なようだけど、いつ敵がこのフロアにきてもおかしくないのだ。これから先はより一層警戒しなければならない。
「そうだ、ゆっくり話す機会は今しかないだろうから今の内に言っておく」
私も周囲への警戒を強めると、不意にシノさんが話しかけてきた。
「これから、多分敵と交戦することもあると思う。そうなったら、お前は自衛にだけ徹しろ、基本は俺がなんとかする」
「わ、私だって戦えますよ」
決して自惚れではない。私は自分に、魔法の才能があるのを自覚していたし、屋敷にいた間も、魔法の修練を欠かしたことはなかった。
事実として、私は学校で行われた魔法の一騎打ちで、大人相手にも一度も負けたことがなかったので、実際の戦闘においてもそれなりの自信がある。
「俺の言いたいことが分かってないようだからもう一回言う。お前は俺の指示に従え、何があっても自分勝手な行動はするな」
「……どうしてそう言うんですか」
私は反発する気持ちを押し殺して、ただ静かにそう聞いた。
「別にお前の力量を過小評価してるわけじゃない。魔法を抜きにしても、お前は頭も切れるし、身体能力だって高水準だ。才能に
本当はこうして話している時間がもったいないはずなのに、シノさんは私の問いに真摯に答えてくれた。
「これから俺たちが相手するのは、こんな場所でも発砲するようなイカれた連中で、なにより人命だってかかってるかもしれない。そしてそんな仕事を、経験の浅いお前に任せるわけにはいかない。だからお前は、次に繋げるために、今日の出来事から多くのことを学べ。それが今のお前がやるべき仕事だ」
正直、昨日あんな出会い方をしたばかりの人に対して従順になるのは、あまり気が進まない。
でも確かに、シノさんの言ったことは的を射ていたし、こんな時に私情を持ち込んではいけないことぐらい、私にだってわかっている。
「……わかりました。でもそれは、あくまで私がそうした方がいいと思ったからです。必要とあらば、私は自分の意志で行動します」
私はせめてもの反抗心を見せながらも、シノさんの指示に従うことにした。
「別にそれでいい。ただし、その時は自分の行動にちゃんと責任を持て、いいな」
「元からそのつもりです」
私は力強く頷いた。
「なら行くぞ」
かくして、私たちは敵の本陣に向けて進み始めた。
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