第7章 立ち込める暗雲

 街を出歩くにあたり、私はシノさんから目立たない格好に着替えるように指示された。なんでも私の外見は、何かと目立つのだとか。なんだそりゃ……


 ということで私は今、白のブラウスに藍色のロングスカートを着込み、髪もポニーテールに結っている。


 もちろんこれは私の服ではなく、ギルドにいた唯一の女性(リーダーさんは性別不詳)である、カレンさんのおさがりらしいです。少し丈が長かったけれど、着れない程ではなかったし、違和感もあまり感じなかった。若干、胸元に隙間がある気もしますが……


 ギルドの入り口で待っていると、こちらも準備を終えたシノさんがギルドから出てきた。


 シノさんも普段着らしい格好に着替えており、黒色のシャツに、薄茶色のズボンという、まぁなんというか――


「パッとしないですね」

「普段着なんだからいいだろ」

「はいはい、じゃあ手っ取り早く案内してください」

「お前マジで置いてくぞ……」


 シノさんへの敵意は全く緩めなかったけれど、なんだかんだで私たちは、おいしい朝食を頂くために歩き出した。


 ここルセリアも、ミルナークと同じくらいの人通りを有しているのですが、ミルナークとは違い、行きかう人々の種族には偏りがない。そのためか、ルセリアの街は各種族の特色をふんだんに取り入れており、今ではユートピアの中でも一二を争うくらいの大都市になっている。


 その規模の大きさから、飲食店だけでも相当な店舗数となっていて、正直、一つ一つ確認してたらきりがなかったでしょう。


 そんな賑わう大通りの中、しかし不思議なことに、昨日あんな大事件があったにもかかわらず、行きかう人々の会話から議員スズランの話題は全く上がってこなかった。


 大通りを歩きながら、この際、私はシノさんに色々聞いてみることにした。


「あの、昨日シノさんが殺した私の大切な人の件って、まだ公には広まってないんですかね?」

「嫌味がすごいんですが……」


 シノさんはバツが悪そうに顔をそむけた。


「ここは現場から二つ隣の町だし、それに昨日って言っても、まだ半日も経ってないからな……。とはいえ、今日の午後にはその話で持ち切りになってるだろうな」


 そんなものでしょうか?噂がユートピア中に一瞬で行き渡るくらいの大事件な気もしますが……


 私は昨日のことを思い返し、心がざわつき出したのを、かぶりを振ることで払った。


「そういえば、他の人たちは普段どうしてるんですか?」


 私は気持ちを入れ替えるために、別の話題を切り出した。


「昨日グラスが、このギルドが表向きには万事屋みたいなことしてるって言ってただろ?そっちの依頼もあるから、俺と姉さんはそれをこなしてる。グラスはそれとは別にモデル業やってるよ、ギルドの活動費稼ぎのために普通に働いてるって感じかな。それに、そうした方が世間の話題も舞い込んできやすいしな」


 なるほど、レジスタンスの鎮圧などという、いつ起こるかも分からないこととは別に、ちゃんと安定した収入源を確保しているわけですね。


「ふーん、じゃあリーダーさんとヤギリさんは?」

「リーダーは、どっから仕入れたのか分からん依頼やら情報やらを持ってくるけど、正直謎。師匠は、普段はお酒飲んで寝てるか、可愛い女の子を探しに行ってるよ」

「ヤギリさんだけ何やってるんですか……」


 あの気の良さそうなおじさまは、もしかして私生活がダメダメだったりするんでしょうか。


「というか、それだけでギルドの活動費を賄えるんですか」

「いや無理、てか活動費の大半は俺らじゃなくて師匠が稼いでるから」

「?それってどういう……」

「まぁ、そのうち分かると思う」


 と、シノさんは最後だけ言葉を濁した。


 聞いた感じ、一番働いていないヤギリさんが一番稼いでいるということは、ヤギリさんは資産運用でもしてるんでしょうか?


「っと、着いたぞ」


 私が思案にふけっている間に、どうやら目的地のお店に着いたようです。


 どんなお店か見てみると、そこには小綺麗こぎれいなサンドイッチ屋さんがあった。大通りにこそ面していたけど、お店の規模は小さめで、フードコートの席は四人分しかない。


「おじさん、ハム卵サンド2つください」

「はいよ、いつもありがとね、シノ君」


 私がお店を見ていると、いつの間にかシノさんが、ダンディなエルフの店員さんに注文をしていた。


 程なくして、注文した品を受け取ったシノさんは片方を私に差し出してきた。


「……私、持ち合わせないんですけど」

「これぐらいおごってやるわ」


 少し強引に私の手にサンドイッチを押し付けるシノさん。


「お前の食の好みは知らんけど、ここのハム卵サンドは食べて損ないと思う」


 言い終えると、シノさんは自分のサンドイッチを食べ始めた。


 うーん、至って普通のハム卵サンドですね……。道中、朝早くから行列ができるようなお店もあったのに、どうしてわざわざこんな小さなお店にしたんでしょうか。


 そう思いつつ、私もサンドイッチを一口――


「お、おいしい……」


 お店のサンドイッチは食べたことがなかったけれど、ハムも卵も、パンに至るまでどれも味わい深いクオリティである。なるほど、シノさんがここを選んだ理由が分かったような気がします。


 本当に空腹だった私は、そのまま無心で一気に食べ進めた。


「お前、もうちょっとゆっくり食えばよかったのに」


 一瞬で食べ終えてしまった私に、シノさんが呆れてそう言ってくる。


「だって、凄くおいしかったんだもん……」


 また今度こっそり買いに来ようと思うくらいには……


「だろ?……ってか、そういや今お前一文無しなのか……。しゃあない、ついでだから銀行でお前の小遣いだけでも引き落としてくるか」

「えっ、それって私がもらって大丈夫なんですか?裏金とかならもらいませんよ?」


 お金を支給してもらえること自体はありがたいんですが、一体どういった風の吹き回しなんでしょうか……


 警戒心全開の私に、シノさんは食事を一時中断して答えてくれた。


「ギルドのお金だよ、仮にもお前もギルメンだからな。師匠以外はいつでも引き落とせるようになってるけど、お前はまだ引き落とせないだろうから、今のうちに渡しとく」


 なんでヤギリさんだけ駄目なんでしょう、それこそ資産運用での使い込みを防ぐためとか……


「一応多めに渡すけど、無駄遣いすんなよ。あくまで最低限の生活費と必需品買い揃えるためのお金だからな」

「わ、分かってますよ」

「それが済んだら、お前は入り用な生活用品を適当に見繕って、今日は大人しく帰んな」


 そう言うと、シノさんは銀行がある方に向かって歩き出した。


 まったく、面倒見がいいんだか悪いんだか……


 私は、先を行くシノさんのもとに駆け寄った。


        ***

 

 ――同時刻 ルセリア中央銀行――


「お前ら、手筈通りやれよ……」


 そこに、黒いフードを身に纏った集団が入店してきた。


 フードの集団はエントランスで、散り散りになると、そのうちの一名がカウンターに向かった。


 その異様な光景から、銀行内にどよめきが走る。


 カウンターに着いた黒フードは、受付にいたエルフの中年女性に話しかけた。


「あの、お金をもらいにきたんだけど」

「お、お引き出しなら、あちらの機器から行えますが」

「いやいや、そういう意味じゃなくて……」


 中年女性も、黒フードが放つただならぬ雰囲気に不信感を抱いていた。


「あの、お客様、失礼ながらお顔を拝見させていただけませんか?」

「ん、あーいいですよ」


 あっさり承諾すると、黒フードは顔にかかったフードを脱いでみせた。


「えっ、ひょっとこ――」


 女性が言いかけたその時、乾いた銃声が館内に響き渡った――


 そう、黒フード改め、ひょっとこ面の男は女性の口内に銃を突きつけ、一切の躊躇なく引き金を引いたのだ。


 喉を撃ち抜かれたれた女性が、床にバタンと崩れ落ちる。


 一瞬、銀行の中を静寂が包み込む――しかし、一人の女性の唐突な悲鳴が上がったのを皮切りにして、瞬く間に銀行内は阿鼻叫喚の地獄と化していった。


「お前ら動くなー!逃げようとした奴から殺してく、いいなー!」


 他の黒フードたちもフードを脱ぎ、そのひょっとこ面をあらわにする。


 ひょっとこ面たちが最初にバラバラに広がり、既に包囲網が形成されていたため、銀行内の人々は完全に退路を断たれたしまっていた。


「よーし野郎ども、どんどん金を詰るぞ!」


 これが、ユートピアの大銀行で起こった、過去最悪の強盗事件の始まりである。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る