第6章 凸凹な二人の方針

 メンバー同士で軽く自己紹介をした後、私はリーダーさんからこのギルドの説明や、今後の方針についての説明を受けた。


 それによるとこのギルドは、騎士団が手を焼く反国運動や、法的に対処しにくい事件などを水面下に解決する、要は裏の取締役みたいな活動を生業としているらしい。ブラッドウルブスというギルド名は、行き場のない狼たちの群れという意味合いから名づけられたそうな……


 方針については、議員が暗殺されたことで政府側がどう動くのかしばらく様子見することになるそうです。その間私は、シノさんから細かい指導を受けることになった。


 疲れがピークに達していたのか、意識が朦朧としていたこともあり、それ以外のことはあまり覚えていない。


 そんなこんなで話し合いが終わると、夜も遅いのでその日は解散することになった。


 ちなみに、お母さんの亡命任務の詳細についても尋ねたところ、まだシノさんとリーダーさんしか事情を知らない機密事項らしく、詳しく教えてもらえなかった。


 とはいえ、そっちは元から自力で追求しようと思っていたので、別に教えてもらえなくたって、これから自分で少しずつ解明していけばいいでしょう。


 解散した後、私は空いている部屋を割り当てられ、今夜はそこで寝ることになった。他の人たちも普段はここを拠点としているらしく、それぞれの部屋があるようです。


 部屋は物置として使われていたのか、部屋の端に木箱が高く積み上げられている。元は劇場スタッフの休憩室だったようですが、置かれた荷物を抜きにしても二人が居住するので限界なくらい狭い部屋である。


 寝込みを襲われることはないとは思うけど、このギルドの人達を信用しすぎるのも早計でしょう。

 そう思った私は、部屋に防御用の結界を展開した。こうしておけば、害意を持った人がこの部屋に入室することが出来なくなります。


 私は木箱からはみ出していたシーツを床に敷き、そのまま横になる。


「き、緊張した……」


 本当は今からでも屋敷に戻り、母の遺体を供養したり(リーダーさんによると、既に遺体は騎士団によって発見されているらしい)、明日からのことに備えた下準備をしたいところだったけど、私の体はいい加減休息を求めていた。それほどまでに今日は色々なことがあった。


 これから一体どうなるんでしょうか……


 私は目を閉じて明日からの自分に思いをせた。グラスさんは殺しはしないギルドだと言っていたけれど、今日のような重大な任務をするギルドでもあります。これから私がそういった案件と関わる機会もきっと訪れるでしょう。


 でも、意外とそのことについての不安はなかった。疲れて感情が麻痺しているのかもしれないけれど、それを冷静に受け止められている自分がいるのも事実だった。


 あとは、どうやったらシノさんに謝ってもらえるかだけど……


 私の朦朧としていた意識は、そこで暗転した。


        ***


「――エルさん、おーい起きろー、リリエルさーん、朝ですよー」


 まだ頭がはっきりしていない中、そんなモーニングコールが聞こえてくる。


 とうとうお母さんが、ちゃん付けをやめてくれたのかな……。でも、何故今度はさん付けになったんだろう?


「うーん……、お母さん、なんかよそよそしくない?」

「何寝ぼけたこと言ってんだ、起きてんなら入るぞ」


 部屋に入って来たのは、私のよく知るエルフの政治家――ではなく、彼女を殺した赤目の青年、シノさんだった。


 正直、あまり朝から顔を見たくない人物です。


 朝一からどんよりした気持ちになった私は、ふと浮かんだ疑問をシノさんにぶつける。


「どうして私の部屋を知ってるんですか」

「いや、昨日の会議中に割り振られてたし、他の皆も知ってるだろ。どんだけぼーっとしてたんだよ」


 呆れた様子でそう言うシノさん。部屋の小さな窓から陽光が差し込んでいるけど、まだ早朝のようで外は薄暗い。


 昨夜張った結界が発動していないので、敵意はないはずですけど、こんな時間から何の用でしょうか……


「お前その様子じゃ他の事もほとんど覚えてないだろ」

「うぅ……」

「はぁ……、今後の方針について話し合うって昨日約束したろ」


 はっ!そういえばそんな話だった。正確には、どうすればシノさんに謝ってもらえるか直接聞いたところ、それも踏まえて明日話があると言われたのだ。


 シノさんは部屋の入り口で立ったまま、早速話題を切り出した。


「じゃあまず、今後のギルドの方針から再確認するぞ。基本的な方針としては様子見することになる。俺がお前の母親を殺したことで、国内の勢力図が大きく変わることになるだろうから、俺たちはそれに乗じた独立運動に目を光らせる。ここまではいいな?」

「それなら昨日の会議でも言われてたので大丈夫です」


 かろうじて記憶に残ってる程度ではあるけれど……


「よし、じゃあ次は俺とお前の今後の方針についてだ。つっても、正直俺は、お前と任務以外で関わるつもりはない。コンビといっても別に私生活を共にするわけじゃないしな。お前としても俺が嫌いだろうからちょうどいいだろ」


 シノさんはどうやら、私に自分のことをどう思われているのか自覚があるようだった。


「いや、別に嫌いってわけでは……。ただシノさんを見ると、昨夜のことを思い出して無性にイライラしてくるだけで」

「それを嫌いっていうんだよ」

「とはいっても、ずっと避けてたらシノさんに謝ってもらえないじゃないですか」


 そう、私がこのギルドにいる理由は、あくまでもこの人に謝罪をしてもらうためなのだ。嫌いだからといって距離を置き、そのまま謝ってもらえないとなると本末転倒になってしまう。


「言っとくが、俺は最後までお前に謝る気はないぞ、俺は俺のすべきことを果たしただけだからな。でも、そうはいっても、お前はずっと付きまとってくるよなぁ……。だから、俺はお前に条件を出す」


 シノさんは、後半を少し煩わしそうに話しながら、こちらにビシッと指を向けてきた。


「条件?」

「そう、もしお前が俺を尊敬させられるほどの人物になれたら、俺はお前に敬意を払って謝罪でもなんでも、お前の言うこと素直に聞いてやる」

「ようはシノさんに私のことを認めさせればいいってことですか?」


 首を縦に振るシノさん。


 なんとも変わった条件です。でも確かに、軽々しく謝罪されても意味がないし、相手に自分のことを謝罪するに足る人物だと思わせられれば、誠意をこめた謝罪を期待できます。


「わかりました、その条件飲みます」

「現状、俺のお前への評価はそこら辺ほっつき歩いてる子供と同じぐらいだから、まぁ頑張れ。んで、ここまでで質問は?」


 私だって、あなたのことを許してないですからね……。という言葉が出そうになったけど、私はそれを顔だけに留めて大人しく質問をする。


「えーと、ギルドの方針的にしばらくは時間がありますよね、その間、私は何をしておけばいいんですか?」

「連絡がすぐに行き届くのなら基本何やっててもいいけど、あっ、屋敷に戻るとか言うなよ、騎士団に捕まって事情を聞かれると面倒だから。それにお前、この辺りまだ全然詳しくないだろ、任務に備えて周辺散策でもしときな」


 確かに私は、ルセリアには八年ほど前に一度訪れたことがあるくらいで、この街のことについてはほとんど詳しくな――あっ……


 ふと、話をしていて眠気が覚めてきたことにより、今度はある感覚が沸き上がってきた。


「あの、どこかおいしいモーニングのお店とか知ってたりしますか?」


 ぐぅーーーと、腹の虫が鳴る。そう言えば私、昨日の昼から何も食べていないんでした……


「俺、今から買い物に行く予定だったんだけど……。お前も来る?」


 ……背に空腹は変えられない。


「い、行きます……」


 私生活で関わらないと言ってから、僅か二分後の出来事である。

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