第5章 母を殺した犯人と、ギルドでコンビを組むことになりました

「なんでそうなった」


 私の気持ちも代弁しつつ、シノさんがリーダーさんを問い詰める。


「だってこのお嬢さんが素直に帰るとしたら、シノさんが謝るしかないでしょう?

でもシノさんはそうしないだろうし、気が変わるにしてもそれなりに時間がかかるはずです。あと、仮にもギルドの所在を突き止めたこの子を、私としても大人しく帰すわけにもいきません」


 わざわざ出迎えまでしておいてよく言いますね。もしかしたら、最初からこれが狙いだったんでしょうか。


「そこでです!このお嬢さんにはこのギルドの新メンバーとして身を置いてもらい、シノさんが謝罪をしてもらうまでギルドに尽くしてもらいます。こうすることで、彼女にとっては、身の安全と謝罪を求める機会を得ることができ、私にとっては、新戦力を確保することができるという、まさにウィンウィンの関係が築けるわけです」


 するとそこで、手をチョキチョキさせているリーダーさんに対して、シノさんから抗議の声があがる。


「ちょっと待て、この場合ウィンウィンの関係を築くのはこいつと俺なんじゃ」

「明らかな任務の失敗、また隠密行動であるはずのそれを第三者に目撃され、挙句の果てにこの拠点を突き止められてしまったシノさん、今何か言いましたか?」

「グサッ、ていうか何で知ってんだよ」

「こっそりとお嬢さんの能力測定をしていましたからね。ちなみに測定結果は、シノさんに放った魔法の精度、突発的状況での冷静な判断力、屋敷からここまで小一時間ほどで駆けられるその俊足。どれも入団には十分過ぎる結果でしたけど、まだ何かありますか?」

「ぐぬぬ……」


 シノさんは何かしらの大きなミスを、それもいくつか犯してしまったようで、リーダーさんに文句を言いながらも、強く言い返すことが出来ないようだった。


 というより私、いつからリーダーさんに付けられていたんでしょうか……。とりあえず、それは後で問いただしましょう。


 それよりも先に、改めて提案内容について考えてみる。なるほど、確かに私にとってはおいしい内容ではあります。シノさんには何としてでもしっかり謝罪をしてもらうつもりだったし、敵地のど真ん中に踏み入れことを不問にしてもらえることも、なかなかの好条件ですしね。


 とはいえ、もちろん問題もあります。


「あの、ギルドに参加と言っても、そもそもここは何をするギルドなんですか?」


  ギルドとは職業団体のこと、当然、活動内容はギルドによって異なるので、もしこのギルドが今回のような暗殺稼業を営んでいれば、参加するわけにもいかない。


 するとその答えは、それまで静かに会話を傍聴していたビュームの青年から返ってきた。


「一応表向きには、やばいことには手を出さない普通のなんでも屋みたいな名目だけど、本来の目的は、反社会勢力、ようはレジスタンスの鎮圧とか、騎士団が手を焼く犯罪を解決するギルドだよ」


 私たちの国ユートピアは、それまで戦争していた異種族たちを、半ば強引にまとめることでできた国で、尚且つ建国してからまだ107年しか経っていなこともあり、種族間のいざこざは未だに蔓延はびこっている。


 なので、国営の自警団である騎士団以外にも、個人で国の均衡を保とうとするこのギルドのような団体自体は珍しくはないし、別に違法でもない。活動の過激さには差異があるんですけど……


「あぁ、安心していいよ。うちのギルドは国の信頼を保つために、捕縛したレジスタンスたちは騎士団の手柄にするってスタンス取ってるから、殺しは基本NGなんだよね。まぁ、どっかのバカがやらかしてたけど」


 シノさんの肩が一瞬ピクッと揺れる。


 ビュームの青年は私の懸念に気を利かせてくれたのか、私が聞く前に欲しかった情報を教えてくれた。それならそれで、また新たな疑問がいくつか生まれるのだけれど、今はそれを置いておく。


 それよりも聞きたいことはあともう一つある。のだけれど、これも私が尋ねる前に、今度はエルフのお姉さんが代わりにリーダーさんに聞いてくれた。


「それで、どうしてわざわざコンビにする必要があったの?」

「新人にいきなり一人で仕事をしてもらうわけにもいきませんし、指導係が必要でしょう。どうせ行動を共にするのなら、彼女的にはシノさんと組んだ方が謝罪の機会を増やせるわけですよ」


 確かに、理にはかなっています……。けれどもそれは、一つの重要な事項を考慮していなかった。


 リーダーさんの話を一通り飲み込んだのか、最後のメンバーであるドワーフのおじさまが、私にその懸念事項を尋ねてきた。


「お嬢ちゃん、正直なところ君は、シノ君とコンビを組むことについてどう思っているんだい?」


 そう、仮にもシノさんは私のお母さんを殺した張本人なのだ。まだ彼に対しての憤りを拭い切れていない中で、一緒に行動できるのか懸念しているのでしょう。


 私はおじさまの方に向き直り、まとまっていないながらも言葉を紡いだ。


「わから、ないです。私、本当はまだ全然気持ちの整理ができていないんです。それくらい今回のことは私に大きなショックを与えたから……。だから多分、仮にシノさんに謝罪を受けても彼への怒りは無くなることはないと思います」


 というのも私は、母の死を乗り越える決意こそしたけれど、実際のところは、その悲しみやシノさんに対する憎悪の念は、未だに拭い切れないでいたのだ。


 でも――


「でもだからといって、ここで引き下がるのはなんというか……。私なりのけじめをつけずに、現実から目を背けるのは違うと思ったんです」


 質問の答えになっていなかったかもしれないけど、それが私の心からの気持ちだった。


「なるほどね、まだまだ若いのに肝が据わっているじゃないの。リーダーが君を勧誘した理由も分かった気がするよ」


 おじさまは、うわ言のようにそう呟く。どうやら今ので、こちらの気持ちをなんとなく把握してくれたようです。


「私がギルドに加入することに反対とかはしないんですか?」


 先ほどから、仮にもギルドに不法侵入した私に対し、あまりに気さくに話しかけてくれるおじさまに、私は疑問をぶつけた。


「しないよ、リーダーが認めるような子なんだし、実際に君の魔法の腕前もかなりのものなんだろう?なにより精神的に強い子みたいだからね」


 あ、あとこのギルド人手不足だから、と付け加えてにこやかに答えてくれたおじさま。周りも同意見だったのか、首肯してくれている。若干一名不服そうだったけど、特に反論することもなかった。


「では、改めてお嬢さんに提案です。私たちのギルド、『ブラッドウルブス』の一員となってもらえませんか?」


 もしこの誘いを受ければ、私の日常は大きく変わることになる。


 親の仇と行動を共にすることが増えるだろうし、そもそもこのギルドで上手くやっていける確証もない。つらいことだって、これからいくつも起きるでしょう。


 けれど、私はもう決めたのだ――


 お母さんに心残りができないように、せめて前を向いて生きていこうって……


 私は一歩踏み出して、こう言った。


 「よろしくお願いします」


 こうして、私とシノさんのコンビとしての日々が幕を開けた。

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