第4章 決意と出会い

 今私を突き動かしているのは、一体なんなのだろう……


 怒り?使命感?


 それもあると思うけど、少し違う気がする。


 上手く言葉にできないけれど、きっと私が私でいるためだと思う。


 あの時、何もできないまま打ちひしがれていたら、多分私は自分を保っていられなかったでしょう。もしかしたら私は、自分がやるべきことをして、母の死から目を背けたかっただけなのかもしれません。


 そんなことを考えながら、私は母を殺した青年を追いかけるため、夜の街中を駆ける抜ける。


 あの後、母を看取みとった私は、あの場で自分が取るべきもう一つの行動を果たすことを決意した。すなわち、あの青年の正体を突き止めることを。


「ここですね……」


 青年の痕跡を追いかけ続けてきた私は、かつて演劇場であっただろう廃墟の前で立ち止まった。 


 屋敷の隠蔽魔法にはもう一つの効果があり、屋敷を出入りすることで、複雑に混合された魔力がペイントの作用を果たすようになっている。

 私はその魔力痕を辿ってきたわけですが、その痕跡がその廃墟の前で途絶えていたのである。


 この先に、あの人がいる……


 そう思うと、居ても立ってもいられないくらいの憤りを感じると同時に、形のない不安や恐怖が押し寄せてきた。なにせ相手は、この国指折りの実力者である母を殺害するほどの人物なのだ。どんな策略があったにせよ、油断できない相手であることには違いありません。


 とはいっても、ここで立ち往生しているわけにもいきませんね。


 私は押し寄せる負の感情を振り払い、意を決して廃墟に一歩踏み出した。


 その時――


「お嬢さん、こんな夜分にどうしたんですか?迷子ってわけでもなさそうですが……」


 不意に背後から声をかけられた。

 

 落ち着いた口調のその人物は、黒いローブを身にまとっており、幻影魔法の一種でしょうか?顔の特徴を捉えることができなかった。

 しかし、何の根拠もないけれど、この人があの青年と同一人物ではないという気がした。


「えっ、いやあのっ、特に困ってるとかではないんですけど」


 思い詰めていたからか、声をかけられるまで全く気付かなかった。というか、確かにこの人の言う通り、こんな時間に子供が出歩いていれば不審がられるのも当然です。


 私が返答に困っていると、しかし、フードの人物から驚愕のセリフが発せられる。


「シノ君に親の仇討ちでもするつもりかい」

「――!?」


 私は後ろに大きく飛び、咄嗟に距離を取った。


「実力行使はやめたほうがいいと思いますよ。お嬢さんも豊富な魔力の持ち主のようだけど、彼、敵に回すと中々に厄介ですからね」


 この人は何者なのか……。というか冷静に考えて、夜中に顔を隠して出歩いている人の方が、よっぽど不審人物です。


「あなたは、一体……」

「あっ申し送れました、私は『ブラッドウルブス』というギルドのリーダーを務めている者です。名前は言えないんですが、気軽にリーダーって呼んでください」


 そう言われて、警戒を解けるはずもない。この人はつまり、つい一時間ほど前のあのことについて知っているということになる。あの場には、私とあの青年以外の人物はいなかったはずなのに……

 いずれにしても、この人が母の殺害と関係しているのは間違いないでしょう。


「そのシノって人が、私のお母さんを殺した人なんですか?」

「察しがいいですね。そうですよ、そして彼はうちのギルドのメンバーでもあります」


 リーダーさんは、特に包み隠そうともせずに私の問いに答えた。


「……犯行現場を見た私を、口封じしにきたんですか」

「まさか、むしろ遠路はるばるご足労いただいたので、お迎えに上がったわけですよ」


  お迎えに……。まるで私がここに来ることを始めから知っているかのような口ぶりですね。


「それは、どうしてですか?」

「――では、ギルドに案内するのでついてきてくださいね」


 最後の質問には答えず、リーダーさんは私が踏み入ろうとしていた廃墟に入っていった。


 リーダーさんに敵意はなさそうだったけど、罠の可能性は十二分にある。そもそも、何を目論んでいるのか分からないような人にほいほいついていくなんて、普通あり得ないことだ。


 しかし、ここで引き下がってしまえば、私はきっと何も果たすことができないでしょう。母の仇を討つことも、この事件の真相を知ることも……


 私は細心の注意を払いながらも、一歩踏み出した――


        ***


 リーダーさんに通された部屋には、四人の人物がいた。高身長なドワーフのおじさま、きれいなエルフのお姉さん、若いビュームのイケメンさん。そして、白髪赤目のあの青年が。


「はっ!?」


 シノというその青年が、驚きに声を上げる。


「お前、どうやってここを突き止めたんだよ!」

「……屋敷にかけられた魔法の魔力痕を辿ってきました」


 私がそう返すと、リーダーさんがあちゃ~とわざとらしくジェスチャーする。


「やられましたね、シノさん」

「というか、なんであんたこいつを招き入れてんだよ」


 そんな中、他のメンバーも会話に参加しだした。


「大丈夫だと思う、ねぇ」

「ぐっ、姉さんの視線が痛い……」

「おー、凄くかわいらしい子じゃないか。何々?シノ君もかわいい女の子は傷つけられなかったってことかい?」

「違いますよ、師匠」

「てかシノ、あの子まじでどうすんの?見るからに、お前への敵意むき出しだぞ」

 

 最後にビュームの人が言ったように、おそらく、私の顔は平静を装えていないのでしょう。それほどまでに、実際にシノという青年と相対してたことで、胸の奥からこみあげてくものがあったのだ。


 だから、私はそれを抑えきれなくなる前に本題を切り出すことにした。


「あなたは、シノさんはどうしてお母さんを殺したの?」


 気持ちが高ぶっていたのか、張り上げた声は震えていた。傍からすると、とても泣きそうな声に聞こえたはずです。


 それまで少し動揺を見せていたシノさんは、私の問いを聞いた途端、スッと、初めて会った時のように落ち着いた雰囲気を取り戻した。そして、


「お前に教える義理はない……」


 そう冷たく言い切った。そして、シノさんは続けてこう言い放った。


「お前まさか、そんなこと聞きにくるために、ここに来たんじゃないだろうな」


 この時、私が感情を爆発させなかったのは奇跡に近かった。しかし実際、ここに来た本当の理由は他にあったので、私は黙って頷いた。そして、私の本当の目的は――


「私はあなたに……、お母さんへ謝ってもらうために来ました」


 自分でもこれほどしょうもない理由はないだろうなとは思う。


 そんなことで、母への償いの足しになるとはこれっぽちも思っていないし、そんなことで、殺意を抱いた相手を簡単に許すことができるとも思っていない。


 けど、復讐とか怨恨とか、そんなものに囚われ続けることは、それこそお母さんが一番望まないことだと理解していたから。だから私は、母の死を受け入れ、乗り越えていくことにしたのだ。そしてそれをする前にせめて、この人から母に対して償いをしてもらいたかったのである。


 シノさんは、今度は冷たくあしらうこともなく、冷笑することもなく、真剣にこう言った。


「断る」


 それから数秒間、お互いに睨み合ったまま沈黙が続いた。話の切り口を完全に失ってしまったのである。


 けれど、その静寂はリーダーさんによって破られた。


「これじゃ話の終わりが見えませんねー、ここは仲介人として何か、うーん」


 どうやらこの膠着状態を変えるために、第三者の立場から何か提案をしてくれるようです。


 しかし――


「そうですね……。ではあなた達には今からコンビを組んでもらいます!」

「……え?」


 しかし、そのあまりにも突拍子のない提案内容に、私とシノさんは二人揃って呆けた声を上げてしまった。

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