第3章 しくじりと出会い

「やべー、しくったなー」


 夜の森の中で赤い目を輝かせながら走る白髪の青年。シノは、そんなことをぼやきながらアジトへと帰還していた。


 まさか標的に娘がいるなんて、そんな情報出てこなかったんだけど。

 現地調査をもっとしておけば気づけたのか?


「まったく、こんな胡散臭う仕事引き受けるんじゃなかった。ブラッドウルブスうちは暗殺ギルドじゃないってのに……」


 それになんだかさっきから、形容しがたい不安というか、いやな予感がする。いずれにせよ、一度ギルドに戻った方がいいな……


 愚痴をこぼしながらも俺は森を抜け、ミルナークから二つ隣にある街、ルセリアに到着する。


 ルセリアには住宅地から商業、工業区域に至るまでもが点在し、普段は多くの種族が往来する繁華街となっているが、今は零時を回っており閑散かんさんとしている。


 俺はルセリアの路地裏を進み、昼間でも人通りが少ないような場所に建てられた、元演劇場の廃墟に入る。


 演劇場といっても大した大きさではないが、舞台裏の機器や防音室などの設備はしかっり整っていて、廃墟の割には内装もきれいに保ってある。


「あっ、シノおかえりー」


 劇場のホールがあった場所まで進むと、気さくに自分の帰宅を迎える声が聞こえてきた。


 声の主は黄色い瞳のビュームの青年。名前はグラスという。普通のビュームは人と獣を足したかのように、尻尾や獣耳、体毛が生えている。しかし、彼の場合は獣の方の要素が強く、狼を思わせる耳や尻尾は長く、茶色い体毛も心なしかモフモフしている。あとムカつくことに、俺が見てきた中で一番かっこいいと思うくらいの高身長イケメンである。ムカつくことに……


「ただいまー。ってあれ、なんで姉さんと師匠もいるの?」


 そして、もう二人。


「あれ?じゃないわよ、こんな重大な任務受けといて、報告を待たない方がどうかしてるわよ」

「おお、シノ君帰ったか。おじさん、もう待ちくたびれちゃったよ」


 鋭いツッコミを入れたのは、大人びたエルフの女性。みどり色の長い髪とつり目は、凛とした雰囲気を醸しており、クールビューティーという言葉がこの上なく合っている。名はカレンといい、俺とグラスからは姉さんという愛称で呼ばれている。


 そして、セリフとは裏腹に陽気に話しかけてきたのは、ドワーフの中年大男。黒髪には所々に白髪が混じっており、一見快活なだけのおっさんにも見えるが、しっかりと鍛え抜かれた体と、所々に見える古傷、左腕の義手からは風格を感じさせられる。俺の剣術の師匠でもあり、名前はヤギリという。


「ん、じゃあリーダーはどこにいんの?」


 俺が最後のギルドメンバーの所存を聞くと、その答えはグラスから帰ってきた。


「なんか少し前にふらっと外に出ていったけど。まぁ、すぐに戻ってくると思うぞ」

「まじか……。んじゃ俺、リーダーが戻るまで部屋で休んどくから帰ってきたら教えてくれ」

「その前に、俺らに任務の報告すんのが先だろ」


 い、嫌だなー。


「えー、リーダーが戻ったらどうせまた話すじゃん」

「何言ってんだシノ!竜人議会エルフ支部のお偉いさんを除名させるなんていう、新聞の一面を飾るような任務受けといて結果を焦らすつもりか?」


 にじり寄ってくるグラスの後ろを見ると、姉さんと師匠も、そうだそうだと言わんばかりに頷いている。


 今回の任務の内容は、ユートピア脱退運動に加担している容疑があったスズランという議員を、議会から除名させるためにその不祥事を掴むというものだった。

 ちなみにもし、議員の不祥事が明るみになれば、グラスが言っていた新聞の一面を飾るどころか、しばらくは国中その話でもちきりになるだろう。80億分の20人という竜人議会の議員は、それほどこの国において重大な存在なのである。


 話すこと自体が面倒くさいというわけではないのだが、面倒なのはどっちかというと……


「しゃあない、解放してくれそうにもないし大人しく話すよ。まぁ結果から言うと任務は無事成功したよ、エルフ支部の幹部であるスズランは、もう二度と生きて姿を見せることはないだろうな」

「いやいやシノ君、言い方が物騒すぎるよ」


 遠回しな俺の言い方を、師匠は「表舞台から姿を消す」と捉えたのだろう、明るくツッコミを返してきた。


 よしよし、このまま隠しきれるかも。と、師匠の様子を見た俺は、淡い期待をした。がしかし――


「ねぇ、私今すごく嫌な予感がするんだけど」


 勘のいい姉さんは、どうやら言葉の真意に気付いたようだった。


「生きて姿を見せないっていうのは、議員としての地位を失ったって意味?それとも死んだから姿を見せないって意味?」

「…………こ、後者です」


 ――場の空気が凍り付いた。


 うん、ここまで来たら話すところまで話そう。


「あーあと、その現場を被害者の娘に目撃されたりもしました。報告終わり!じゃあおやすみなさい」


 物凄く要点を押さえた説明を済ませた俺は、そそくさと退散しようとするが――


「いや、お前何やってんのー!!」


 他の三人が声を合わせて叫んだ。


 あーやっぱこうなるか。


「おいシノお前ー!!除名って言葉の意味知ってる?名前じゃなくて命を取り除いてどうすんだよ!」

「あなたねー(呆)、よく任務が成功しただなんて口にできたわね。一番悪い結果じゃないの」

「はっ、今の音聞こえた?おじさんの老後のスローライフが打ち砕かれた音が」


 とまぁ、こんな感じで皆口々に喚き立てているわけだが、正直気持ちは物凄く分かる。おそらく、俺も逆の立場なら似たような反応をしたと思うからだ。


 というのも今回の任務、本来の予定では、武力沙汰は起こさず、秘密裏に行い、あくまでも穏便にことを進めるはずだったのである。

 結果だけ見れば俺はそれを、標的を殺め、第三者に目撃されるという、超が付くほどの大失態を犯したわけである。


 そんな俺に、グラスがこめかみを押さえながら話しかけてくる。


「はぁ、それにしてもお前がこんな大ポカやらかすなんて……。普段ならどんなに苦戦しても依頼はちゃんとこなすのに」

「い、色々事情がありまして……」


 言葉巧みになんとかこの場を乗り切れないかなー。なんて、俺が望み薄な希望を抱いていると、しかしそれは、少し疲れた様子の姉さんの次の質問によって打ち砕かれた。


「まぁいいわ。それで?まずはどうして標的を殺害するに至ったのか、事の経緯を説明してもらえるかしら?」


 いきなり来たか……。さすが姉さん、適応が早い。けど――


「ごめん……。今はまだ、教えられない」


 自分で言っといてなんだが、それはないだろと思う。こんな大失態を犯しておいて、訳も話さずだんまりなんて、身勝手にも程がある。

 でも、やっと得られた信じ合える仲間を、に関わらせたくなかったのだ。


「シノ君が隠し事とは、本当に事情があるようだね」

「あくまでも事故じゃなくて、なんか理由があったからやったってことでいいのか?シノ」


 皆が問いただしてくる中、俺は神妙な面持ちで頷いた。


「あぁ。きっと後で事情を話すとは思うけど、まずはリーダーに相談させてくれないか?」


 それからしばらく沈黙が続いた後、一同を代表して姉さんが発言してくれた。


「はぁ、分かった。全くもって納得してないけど、無駄な詮索はしないでおくわ」


 俺がいつにもまして真剣に話したこともあると思うが、こちらの心情を汲んでくれたのだろう。理解のある人達で本当に助かる。


「じゃあ二つ目の質問よ、その犯行現場を目撃したっていう娘さんはどうしたの?」


 すいません、そっちはガチでミスった感じです。


「えっとあのー、そのー、見られた後にですね、い、急いで逃げ帰ったので、そのまま放置した、まま、です」

「いや急にどもるなよ」


 俺が視線を右往左往させていると、グラスが冷静にそう返してきた。


「てかシノ、放置してきたってマジかよ」

「だって、俺を見るなりノータイムで魔法を放ってくるような奴だぞ。魔法の精度も相当なものだったし、相手にして手間取るよりはマシだろ」


 そう、本来ならば目撃者には何かしらの対策を講じるべきなのだが、あんな血相を変えて襲ってくるような奴を相手に、あの場で時間を取られるわけにもいかなかったのだ。


「でも娘ってことはまだ子供だろ、シノならなんとかできたんじゃね?」


 前々から思ってたけど、グラスは俺のことを過大評価しすぎな気がする。


「無茶言うな、それにエルフやドワーフは年齢詐欺集団だから、子供かどうかも怪しいぞ」


 グラスとの会話が一段落すると、今度は、すっかり落ち着きを取り戻した様子の師匠が、先の話で不明瞭な要素について追及してきた。


「シノ君、見られたって話だけど、身元が割れるようなことはないのかな?」


 ぐっ、師匠も痛いところを突いてくるな……


「大丈夫だとは思うけど、一瞬顔を見られたかも」


 自信なさげな俺に対して、姉さんがいぶかしむような目を向けてくる。


「あなたの大丈夫はもう信用できないんだけど。まぁでも、指名手配でもされてなければ本当に平気だとは思うけど……。一応、その娘さんの特徴だけ教えてくれない?」

「えーと、母親に似てるから、一目見れば分かると思――」


 と、そこまで話していたところで、ホールの大扉が勢いよく開かれた。


「みなさん、今帰りました」


 部屋に入ってきたのは、黒いローブを身にまとった人物。このギルドのリーダーである。ちらりと覗かせる顔からは、しかし、特徴を捉えることはできない。というのも、この人は普段から幻影魔法を自身にかけており、顔を顔として認識できないようにしているのだ。中肉中背で声も中性的、名前も明かしてくれないといった謎の多い人物であり、皆この人のことはリーダーと呼んでいる。


「シノさん、待たせてごめんなさい、任務お疲れ様でした。お詫びと言ってはなんですがシノさんにお土産があります」

「?」


 紳士的な口調で相変わらずつかめない人だが、何、お土産とな?


「ほら、入ってもいいですよ」


 リーダーがそう言うと、開いたままだった扉からもう一人の人物が部屋に入ってきた。


「はっ!?」


 俺は声を出して驚愕した。


 なんせ入室してきたのは、俺が今一番会いたくなかった人物、スズランの娘だったのだから――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る