第2章 それは、いつも突然に……
母が出かけた後、私は言っていた通りに街の図書館に向かっていた。
正直、母がいない間はずっと本を読み込んでいたので、最近の外出する理由が図書館に本を返しに行くことに固定化されている。
まだ平日の朝早い時間ということもあり、街の中は仕事や学校に向かう人でごった返していた。街道沿いには多くの出店が乱立し、人の多さと相まってかなりの賑わいを見せていた。
ここミルナークは、エルフ市街と呼ばれていることもあり、行きかう人々はエルフが多い。
もう少し時間を空けてから来ればよかったかな……
同年代位の学生とすれ違うたびに、こんな時間から街中をぶらついていることに若干の罪悪感を覚える。
あまり目立たないようにしながらしばらく歩いていると、目的地の大図書館に到着する。
私は早速、その図書館(というより、もはや博物館のように豪勢な建物)に乗り込み――
「さてと、今日は何読もっかなー♪」
辞書並みに厚い本を六冊返却した後、閉館時間まで読書に
屋敷の三十倍位の広さがあるこの図書館だけど、半分くらいの書籍を読破しようとしていたので、そろそろ魔導書だけでなく、普通の小説に手を付けてもいいかもしれないと思う今日この頃。
「よしっ、手始めにここの棚のミステリーものでも制覇しますか!」
言うが早いか、私は手に取った本を物凄い勢いで読み進めていった――
***
気が付くと窓から差す光が赤色になっていた。ふと外を見てみると街は学生や職人たちでごった返していた。今朝と違うのは、今は皆が帰路についているので、気が抜けていたり、疲労感が溢れ出ている人が多い点でしょうか。
半日近く座りっぱなしだったので、さすがに体が重い。それに……
「そういえば、お昼なんも食べてないや……」
本棚にはまだ未読の本が三割ほど残存していたけれど、疲労と空腹から、私は大人しく帰路に着くことにした。
図書館を出た後、不足してきた食材の買い出しに向かったので、実際に屋敷に帰ろうとする頃にはほとんど日が沈んでしまっていた。
屋敷はミルナークに隣接した森の奥地に建てられているので、本や食材を持ち運ぶだけでもかなり骨が折れる。とはいえ、森の中で日没を迎えるわけにもいかないので、あまり整備されていない道を早足に駆けていく。
日没にこそ間に合わなかったけれど、無事屋敷が見えてきたところで、私はあることに気付く。
「あれ?お母さん帰ってるのかな?」
屋敷には外灯が備え付けられており、日が暮れた後に人が近づくと自動的に灯りがつくようになっているのだが、それが既についていたのである。
会談が予定より早く終わったのかな?珍しいな……
しかし奇妙なことに、外灯はついているにもかかわらず、建物内の灯りは消えたままなのである。
一瞬、泥棒である可能性を考えるも、それはないと結論づける。
というのも、屋敷には高度な
なので私は、母が何かしらのドッキリを仕掛けているのだと予想した。差し詰め、今朝のらしくないセリフもそれに関係しているのでしょう。
大量の食材をダッシュで運んできたこともあり、体は疲れていたけれど、母の帰宅は素直に嬉しかったので、その疲れも少し和らいだ気がする。
玄関の扉に手をかけた私は、しょうもないことを言って飛び出してくる母への返しを考えながら、そのドアをゆっくり開けた。
しかし――
「――えっ?」
しかし、私の目に飛び込んできたのは想像していた物とは程遠い光景だった。
すなわち、首から血を噴き出しながら倒れる母と、その首を短剣で引き裂いたフードを目深にかぶった謎の人物という光景が。
一瞬の動揺――
けれど、次の瞬間には私は動き出していた。
「アイシクルランス!」
持っていた食材をその場に放置した私は、六本の氷の槍を侵入者に放つことで、侵入者に母との距離を取らせた。それでいて、あえて貫通力のある高威力の魔法にすることで、母を盾にされる可能性を排除する。
間髪入れずに放ったスピード重視の魔法。けれども、侵入者は素早く身を捻り、全ての槍を躱してみせた。
とはいえ、攻撃こそ躱されたものの、侵入者が距離を取った隙に私はなんとか母の元に合流することに成功する。
「しっかりして!今、止血するから」
「ぅ……ぁ……」
肩を叩きながら母の意識確認をすると、微かだけど反応があった。
よし、まだ息はある。でも……
確かに母はまだ生きてはいたがけれど、傷口を見てみると
いや、迷っている暇はない!
私が今やることは、お母さんを助けること。そして、もう一つは――
私は回復魔法を行使しながら、事の発端である侵入者をキッと睨みつける。この上ない怒りを包み隠さずもせずに。
魔法を避けた際にフードが脱げたのか、侵入者の顔が明らかになる。
月夜の中で
「どうしてこんなことをしたんですか!」
私の必死の叫びに、青年は一切答えることはなく、先程のお返しとばかりに、数本のナイフをこちらに
「っ、ウィンドウォール!」
私は回復魔法を継続したまま、咄嗟に強烈な乱気流の壁を作り出し、投擲されたナイフを弾き飛ばした。
しかし、私の気が一瞬逸れた隙に青年は窓へと駆け出していた。
「――はっ、待って!」
当然、青年はそれを意に介することなく、そのまま窓を突き破って屋敷の外に抜け出してしまった。
「くっ、どうして……」
床を叩いて悪態をつく。犯人をみすみす逃し、母の意識は回復するどころか、どんどん肌色が青ざめていく。
「こんなのって、こんなのってないよ……」
あぁ、これが本当はドッキリなのだとしたらどれほどよかっただろう。その時は、どんなに母が謝ってきても、一ヶ月程口を聞かず、そしてその後は、いつもみたいに他愛の無いことを話すんだ……
こんな時になって頭を支配するのは、これまで母に迷惑をかけたことに対しての申し訳なさと、これまで素直に自分の気持ちをさらけ出せなかったことに対しての後悔だった。
「私まだ、お母さんになんにも返せてない。こんな形でお別れなんて嫌だよ……」
――それから十分近く、リリエルは泣きじゃくりながらも回復魔法を施し続けたが、無情にもスズランはとうとう目覚めることはなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
一人の少女の泣き声は、夜の森に虚しく響き渡っていました――
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