第四章

茅葺きの家 0-4



 このところ、おかしなことばかりが起こるようになりました。


 地面の雪はとうに溶けたというのに、新しい家の茅葺き屋根の上には、まだたっぷりと雪が積もったままなのです。

 それに、雪だけがあるのではありません。

 屋根の上には狼がいて、何かを咥えているのでしょうか。口元から流れる血で白い雪を斑らに赤く染めているのが見えます。

 ぽたりぽたりと、氷柱を伝い落ちる金気臭い水は、地面の土色を濃く変え、そこからは見たこともない草花が生えているのでした。


 小川を越えた先にある森の入り口、薄黯い木立の中、大人二人が手を廻してもとどかないほど太い木の根元にあった小さな朱い祠は、姿を消してしまいました。

 代わりに眼玉の描かれていない虚ろな赤い達磨が置かれています。


 田んぼの方へと顔を向ければ、まだ田植えが始まる前の泥の中で極彩色の魚が蠢いているのが見えるのでした。


 「水がほしい水がほしい」


 魚は、泥を跳ねらせ濁声で喚きます。 


 こちらを一度だって振り返ることのない、土間で働く手拭いを姉さんかぶりをした母親の背中を見ながら、その顔を思い出そうとするのですが、ちっとも思い出すことができません。

 顔が、ないのでしょうか。

 

 だとするのならば泥の中、蠢く魚がいる田んぼに出ている祖父母や父親の曲がった背中の先にも、果たして、同じように顔がついていないのかもしれません。

 

 思い返せば、背中に括り付けた赤ん坊が泣き喚くのをやめてから、もう随分となります。

 ずっしりと肩に食い込む重さも、いまではあまり感じられ無くなったことを不思議に、ぶら下がる白い両脚に触れると、片方だけがやけに短いことに気づきました。奇妙に思って見下ろしてみれば、左の足首から先が、ありません。

 軽くなったのは、どうやら赤ん坊が少しずつ欠けているからのようです。


 なぜなら、ほら。

 先ほどまで触れていた赤ん坊の右の足首の辺りが、げて地面に落ちる瞬間を目の端で捉えたのでした。

 小さな丸い指が、一列に並んでいます。


 ああ、なんて可愛らしいのでしょう。

 


 

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