ガチ恋相手のVtuberは、実は同じクラスの親友だった―そうとは気づかず、今日も推しへの愛を呟いています―

ちりちり

第1部

第1章

第0話 プロローグ



 ――来た。


 スマホ画面に表示されていた待機動画が、数字のカウントに切り替わり、10、9、8……と数字を刻んでいく。

 BGMも静かな曲調に切り替わった。


 画面下に配置されているチャット欄には、私と同じように待機している全国の視聴者達の「きちゃ!」「待ってました!」「いよいよだ!」という興奮の書き込みが、流れるように積み重ねられていく。


 私も、この日を待っていた。

 いてもたってもいられず、正座していたベッドの上で、ばたばたと手足をばたつかせる。


 身体の中を血が駆け巡っているのを、ひしひしと感じた。

 上がった体温をそのままに、ぎゅっと両手を握りしめて膝の上に置き、待機状態に戻る。


 今日は私の推しであり、Vtuberである犬養桜の初めての【歌ってみた】動画公開日だった。

 歌ってみた、というのは大体の場合、【○○の歌をカバーしてみた】ということだ。オリジナル曲の場合もある。


 一週間前にSNSでの告知があってから、今か今かと待っていた。

 普段の配信では聴けない声色や表情がみられるチャンスで、それだけで、かなり、だいぶ、とても楽しみにしていた。


 動画配信のページには、公開前だというのに既に高評価スタンプがいくつかつけられている。

 低評価も数個押されていて、それだけで誰が押したのかを特定して、胸ぐらを掴んで街中を引きずり回したい気持ちになったが、「どこにでもアンチはいるものだから」と、自分で自分を宥める。


 私だけは彼女の良さを知っているから――と思いつつも、ひとりのファンの力だけではどうしようもないので、今日の動画を観たらまたSNSで感想を書き込もうと思う。 


 そうして少しずつ世の中に布教していくのだ。

 私も忘れずに、高評価ボタンを押しておく。

 そうしている間にも、カウントダウンは続いている。


 3、2、1、0――。

 カウントが0を刻むと同時に、画面の中が光に包まれ曲がスタートした。

 彼女が発するその歌声を、聴き逃すまいと耳をそばだてる。

 画面に映し出されるその姿を、一瞬でも見逃すまいと目を見開く。


 端からみると気持ち悪いだろうなぁ、うん。

 でもそれでいいのだ。

 好きなものの前では、なりふり構っていられない。

 ここは私の部屋の、私のベッドの上だ。

 にやける頬を、誰かに見られるかもしれない、と隠す必要もない。


 好きだ。可愛い。声が良い。

 そうした感情の渦のなか、約3分程度の動画が終わる。

「……」

 もう1回観よ。

 こうしてその後は、同じ動画を何度もループ再生して過ごすことになる。


 犬養桜は、私の希望であり、夢である。

 兎にも角にも、彼女の存在は、私の生きる糧になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る