満月の光降る街。

@ramia294

第1話

 いにしえの都。


 この国には、その名を冠するいくつかの場所がある。


 湘南を揺りかごの様に、長い歴史のある鎌倉が、関東の地にあるように、関西にもそれ以上の歴史を持つ都がある。


 古都、京都。


 古の都として、京都ほど理想的な場所はない。


 もちろん、数々の歴史を持つ神社仏閣、旧跡などは、抱えるが、しかし京都は、都会でもある。


 古き物と新しい時代が、混在している。とても魅力のある街だ。


 京都のお隣に、やはり古の都、奈良がある。


 京都よりも長い歴史を持つ奈良は、しかし、田舎である。


 たとえ、県庁所在地と言えども、とても都会とは、言えない趣だ。


 経済的な背景をほとんど、お隣の大阪府に依存している奈良は、都会である必要性がない。


 京都と同じく観光が、主たる産業と言ってはみても、大阪依存で、生き延びる事を良しとする奈良は、ただ古き物が、横たわっているだけだ。


 県内各地に多く存在する歴史的建造物や史跡の魅力を発信する事も、より訪ねやすくする事もしてこなかった。


 もしくは、そのための努力が、不足していた。


 ひと言で言うと、おしゃれでは無い街、それが奈良だ。


 しかし、住んでいる人は、奈良が嫌いではないだろう。僕もそうだ。むしろ好きな街といえる。


 どこが、良いのだろうか?


 大阪の様に、せかせかとしていないからか?

 京都の様に、ツンケンしていないからか?


 鎌倉の様に、海風が吹かないのに…。


 中秋の名月から二日程も過ぎた夜明け前、奈良公園近くの高畑の登り坂を車で行くと、まだ丸い月が、若草山の上に黄色く光っていた。


 道路には、まだ浅い秋の夜を道路の植え込みで楽しんだ三頭の鹿が、月の浮かぶ方向に、坂道を登っていく。


 まるで、この坂が、月世界まで、つながっていて、鹿たちが月に帰って行くかの様だ。


 美しい一幅の絵を見ている心地だった。


 この地は、とても満月が、似合う。


 あまりの美しさに見とれ、車を止めた。 


  窓をあけると、まだ半袖の肌に、冷えた空気が、心地良かった。


 奈良は、古から受け継いできた物と、今を生きているもの達の取り合わせが、実に美しい。


 月に照らされた古き街並みを歩く鹿や飛ぶカラス。何気ない時を写真に切り取れば、とても美しい街であることに気付くだろう。


 もし、奈良に来られる機会があるなら、ぜひともカメラやスマホを持っていた方が良い。


 有名観光スポットの傍らに、満月に照らされたその場所は、あなただけに、特別の姿を見せるかもしれません。


 満月が何気ない日常を、非日常の美しい街に変えてしまう。


 カラス1羽ですら、夕暮れの早い月のある風景に溶け込めば、美しい絵にかわる。


 月の光に、昼間の姿を洗い流されたこの街は、あなたにそっと、本当の姿を見せてくれます。


 その時、この街を訪れたあなたは、きっと満足するでしょう。


 月明かりの奈良は、日本で最もおしゃれな街に変わるのです。


 

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