第67話 【茉莉4】と【恵太と綾子3】
「なあ、茉莉。どうしてそんなに機嫌がいいんだ?」
ダイバにそう聞かれる。
「え? なんで?」
質問の意図がわからなくて、思わず聞き返した。
「いや……その、さっきあんなことがあったのに、やけにテンションが高いなって思ってさ」
苦い顔で、ダイバが言う。
あんなことっていうのは、快斗くんたちとばったり会ったことだろうか。
——最低。
もう二度と聞きたくない声が脳内で再生される。それを振り払う意味も込めて、わたしはあくまでも気丈に振る舞う。
「だって、せっかくのデートなんだよ? いつまでも引きずってたら楽しくないもん」
勇気を振り絞って、デートという単語を混ぜ込んでみたりして、ダイバの様子を伺う。
「そうか。……ごめんな、茉莉」
わたしの心中には気づいていないのか、ダイバは申し訳なさそうな表情を浮かべて、頭を下げた。
「だから、さっきも言ったじゃん。悪いのはあんな空気にしたあの人だって」
あくまでも気丈に。わたしは笑いながらそう言って、ダイバの肩にそっと触れる。
「でも……」
「——だってさ、よく考えてよ? 水族館で知り合いにたまたま鉢合わせして、いきなり『最低』だなんて言う? 信じられないよ。そっちの方が最低じゃない? って感じ!」
喋り続ける内に、気丈に、という気持ちが少しずつ薄れていく。
「用事が、とかなんとか言ってだけど、そんなの誰にだってあるじゃん! というかそっちこそ快斗くんと二人きりで遊んでるし! 赤の他人みたいなものって言うならわたしたちのことなんか気にしなければいいのにさ!」
止めなきゃ、と思えば思うほど。楽しい時間を壊したあの人への怒りが止まらない。
「本当、性格悪すぎだよ!」
今、わたしの横にいるのはメグやミッチじゃなくて、ダイバ。そんなことはわかっているのに。だからこそ、今日が楽しみだったのに。
「茉莉、本当にごめん。だけど、それ以上はシノさんのことを悪く言わないでくれ」
初めて見るダイバの真剣な顔。
「あ。いや、その……」
言葉に詰まる。なんて言えばいいのか、答えが出なくて思考回路が止まってしまう。
「ごめん。ちょっとわたしも熱くなりすぎた」
すぐに謝らなきゃいけないことに気がついて、何も考えられなくなっていたその一瞬を悔やんだ。
「いや、茉莉の気持ちはわかる。俺だってシノさんのあれはダメだと思う」
わたしの知る限り、ダイバはふざけていることも多くて、変なところで真面目で、でもちゃんと人としての温もりを持っている人。
だからこそ、ダイバはシノって人の悪いところはちゃんと悪いって言う。きっと仲のいい快斗くんに対しても、ダメなところはダメってハッキリ伝えるんだろう。
——それじゃあ、今のわたしは? ダメなところだらけのわたしは?
「でも、本当に悪いのは俺なんだ。シノさんに最低って言わせてしまった理由を作ったのは、俺だからさ」
茉莉もよくないよ、と咎められると思っていたわたしの心をよそに、ダイバは悲しそうな瞳でそう言って、近くの椅子に座った。
「ダイバ……」
——今、声をかけなかったらきっと、わたしは一生後悔する。
そんな直感に従ってダイバを呼ぶ。
「茉莉、ごめん」
わたしの呼びかけに、ダイバは答えてくれなかった。
「本当にごめん。今日はもう……」
「ううん。いいよ……いいんだってば」
ダイバはゆっくりと立ち上がって、わたしの前に立つ。
「——帰ろう」
聞きたくない言葉が、耳に届いた。
*******
『今日ありがとっ! めちゃくちゃ楽しかったよっ!』
『うん! こちらこそ!』
『また遊ぼうね! 今度はダイバくんも誘ってみんなでさ!』
『そうだね。というか、快斗とシノさんが水族館でダイバに会ってたらしいけど、綾子さん聞いた?』
『うん。駅で解散した後にシノから聞いたよ』
『そっか。僕も解散した後に快斗から聞いたんだよ。その場で言ってくれればよかったのにね』
『その理由なんだけど、ダイバくん女の子と二人きりで遊んでたらしくてさ。たぶんそれで二人とも何も言わなかったんじゃないかなあ』
『えっ!? そうなの?』
『うん。でも、シノの口調とか表情がすごい穏やかだったから……デートとかじゃないのかもね?』
『ダイバが女の子と二人っきりで遊ぶってことは……相手は小野澤さんかな』
『あ、栗原くん知ってるんだ?』
『小野澤さんは僕やダイバと同じクラスの人なんだけど、僕が知る限りじゃあ、ダイバがプライベートで、しかも二人きりで遊ような女の子は小野澤さんしかいないと思う』
『どんな子なの?』
『いつも元気で、明るくて、優しい人ってイメージかな』
『ふーん』
『……というか、穏やかってどういうこと?』
『え?』
『いや、さっき言ってたシノさんの口調とか表情の件』
『ああ、それか』
『もしかして、シノさんってダイバのこと……?』
『なんかね、好きっていうよりかは、気になってる……みたい。まあ、私もシノの気持ち全部は聞けてないんだけどね』
『なるほど。ダイバって意外とモテるんだな』
『その、小野澤さん? ……はダイバくんのことが好きなんだ?』
『たぶんね。逆に、ダイバが小野澤さんをどう思ってるのかは知らないけどさ』
『私はシノとダイバくんがくっついて欲しいな』
『やっぱり?』
『やっぱり、ってことは栗原くんもそう思ってるんだ』
『うん。ダイバの気持ち次第なところはあるけどさ、小野澤さんとダイバよりも、シノさんとダイバの方が僕もいいと思う。勝手な話だけど』
『いつもダイバくんのそばにいる栗原くんが言うなら間違いないねっ! 私はさ、単純にシノの味方なだけだから』
『あはは』
『それにさ、シノは男関係で苦労してるから……』
『え? どういうこと?』
『私たちのクラスに、ミキヤくんっていう人がいるんだ。その人がシノのこと狙っててさ』
『狙ってる……か』
『そう。ただ単にシノのことが好きでアプローチをかけてる、なら全然問題はないんだけど、そのミキヤくんはちょっと違くて』
『ストーカー……みたいな?』
『さすがにそこまで酷くはないと思うんだけど、でも下手したらそう思われても仕方ないくらい』
『なんだよそれ』
『ミキヤくんって一応顔だけは整ってて、外面もいいからクラスの人からの人気もあるんだ。クラスのみんなは「シノとお似合いだね」なんて言ってミキヤくんを調子付かせちゃうしさ』
『苦労してるんだね』
『だから、シノにはダイバくんみたいな人と幸せになって欲しいというか……』
『そっか』
『まあ、今私が言ったことって、余計なお世話と言えばそうかもしれないんだけど、シノがミキヤくんの言動に悩まされてるのも事実で……』
『綾子さんって、本当にシノさんのことが好きというか、大切に想ってるんだね』
『……うん。シノは私の親友だから』
『そこまで綾子さんに想ってもらえるシノさんは幸せ者だな』
『あはは。そう言ってくれると、なんだかすごく嬉しいな』
『……僕も』
『僕も?』
『僕も綾子さんにそう想ってもらえるように努力するから』
『それってつまり……』
『——あ、いやいやなんでもない! ごめん。深夜のテンションで変なこと言っちゃったかも! 今のは忘れて!』
『なにそれ』
『と、とりあえず二日の試合頑張ってね! それじゃおやすみ!』
『え、もう電話切っちゃうの?』
『そろそろ眠たくなってきちゃったから』
『ふーん』
『……ダメ?』
『ダメ。八月二日の試合、応援に来てくれたら許してあげるけどねっ!』
『その日は僕もバスケの試合があるんだけど……』
『あはは。ごめんごめん。冗談だよ。栗原くんも試合頑張ってねっ!』
『ありがとう。頑張るよ』
『それじゃあ、まだ寝ないよね?』
『うん。……じゃなくて! もう寝るよ!』
『あはは。おやすみ』
『うん。おやすみ』
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