第63話 【シノ14】と【ダイバ28】
「やっと着いた〜!」
恵太くんがぐぐっと伸びをした。一際大きな体がさらに大きくなったような気がして、思わず視線が恵太くんに向いてしまう。
「うわー! すっごい広いね!」
少し遅れてゲートを抜けてきた綾子が、いつも以上に元気な声をあげた。
「本当に広いよね。どこから回ろうか」
乾くんが入り口で貰ったガイドブックとにらめっこをしながら言う。
「あれ? ミズトピアって順路とか決まってなかったっけ?」
「なんかテーマに沿ったエリアみたいなのは決まってて、どのエリアから回ってくださいって指示はあるんだけど、そのエリア一個一個が広くてさ」
恵太くんの疑問に対して、乾くんはこともなげに答えてみせた。
「なるほど〜。やっぱり乾くんって頭いいんだねっ!」
私と同じ思いを抱いていた綾子が、それを素直に吐き出した。
「い、いや。そんなこと……」
乾くんは照れ臭そうに頬をかいて、わざとらしく手元にあるガイドマップに視線を落とす。
「と、とりあえず『
少し早口になりながらもそう言い切って、乾くんは「どうかな?」と私たちの方を見る。
「はーい! そうしよう!」
綾子はどこまでも素直に、乾くんの意見に従った。
「そうとなれば、栗原くん行くよ? ほらっ! 二人もっ!」
「わっ、わかったわかった! 綾子さん元気すぎ!」
元気が爆発している綾子に手を引かれて、栗原くんは顔を真っ赤に染めている。
私と乾くんはそんな綾子たちの様子を、少し後ろから見守るようにして着いていった。
*******
「あ! ちょっとこの洋服屋寄っていい?」
そう茉莉にせがまれて洋服屋に入った。
「ね、ねえダイバ……。似合うかな?」
服を何着か手に取って、その場で自分の体にあてがう。
「お、いいじゃんそれ。似合ってるぞ」
「本当? じゃあこれは?」
「あー、それも確かに似合ってるけど……俺的にはさっきの方がいいような……」
「そっか。てことは、これはどう?」
「あ! それすごい似合ってる! ……と思う」
「ふーん。そっかそっか。ダイバはこういう綺麗目なファッションが好みなんだね?」
茉莉はあてがっていた洋服を自分の目線の高さまで持ってきて、何度か頷いた。
「あ、そういうのって綺麗目って言うのか」
「そう。ちなみに、ダイバがうーんって言ってたのはストリート系って感じかな?」
「茉莉自身はどっちが好きなんだ?」
「えっと、わたしはどっちも好き……だよ?」
茉莉は目をどこかへ泳がせた後、「えへへ」と笑いながらそう言った。
「……ストリート系の方が好みなんだろ?」
「え、そんなことないよ?」
「服なんてそれこそ、自分の好きなものを着た方がいいと思うけどな」
「……そうだよ? わたしはストリートの方が好きだよ? でもさ……」
茉莉の何かを訴えかけているような目。
「でも?」
「どうせならダイバに似合ってるって褒めてもらった服、着たいじゃん」
茉莉の視線は、俺を貫くようにどこまでも真っ直ぐで、とても眩しく感じた。
「あ……。そ、そうか」
俺はなんて言葉を茉莉に伝えればいいかわからなくなって、言葉に詰まってしまう。
「あら? 茉莉ちゃん?」
しばらく見つめ合っていたら、俺の後ろからやけに高い声が聞こえた。振り返るとそこには、ばっちりメイクを決めていて派手な髪色の女の人が立っていた。
「あ、店長さん!」
「久しぶりじゃ〜ん!」
店長と呼ばれたその人はつかつかと俺たちの方に近づいてきた。近づけば近づくほど、その人の振っている香水の匂いに俺の鼻腔が強く刺激される。
「お久しぶりです」
茉莉の丁寧なお辞儀に、店長は吹き出すように笑って、「やめてよ」と茉莉の肩を軽く叩いた。
「最近忙しかったの?」
「そうなんですよ。部活とか期末試験とかあってそれはもう……! って感じでした」
「そっか〜。それで色々と一段落して……ってことかな?」
「えっと、これから先輩たちの引退をかけた公式戦が始まるので小休止って感じです」
「そっか〜。なるほどね〜。それで今日はカレシと遊んでるってワケか」
彼氏、と聞いて心臓が大きく跳ねる。店長の視線はしっかりと俺を捉えている。
「えっ? あ、いや、そんな!」
茉莉は焦って何かをごまかす素振りはしつつも否定はせず、顔を真っ赤にしている。
「茉莉ちゃんかわいい〜!」
店長に抱きつかれた茉莉はもう何も言えなくなって、肩を揺さぶられたり、頭を撫でられたりとなすがままだった。
「えっと、初めまして。私はこの店の店長をやってます。よろしくね?」
ひとしきり茉莉とのスキンシップを終えた店長は俺の方を向くと、そう言って軽く頭を下げた。
「ああ、どうも。俺、茉莉のクラスメイトの大澤って言います。今日は二人で遊ぼうって話で……」
どうやって言葉をまとめたらいいかわからなくなって、最後まで言い切る前に店長と同じように頭を下げる。
「そうなんだ〜! 茉莉ちゃんにはいつも私のお店に来てもらってるから、大澤くんも服のこととか聞きたいことがあったらなんでも遠慮せずに聞いてくださいね?」
「あ、どうも」
「それじゃ茉莉ちゃん、試着とか聞きたいことがあったらまた声かけてね? ごめんね二人の邪魔しちゃって! ゆっくりしてってね〜!」
俺たちがいる場所から少し離れたところに茉莉とは別のお得意さんを見つけたのか、店長は香水の匂いだけを残して去っていってしまった。
「すごい……パワフルな人だな」
「うん。でもすごくいい人なんだよ?」
「まあ、それはなんとなくわかるよ」
だんだん店長の香水の匂いが薄れていく。
「……どうしようかな、これ」
茉莉が思い出したように自分の手に持っていた服を見つめる。さっき俺が似合っていると褒めた服だった。
「無理して買わなくていいと思うぞ」
何がというわけでもないけど、なんとなく申し訳ない気持ちになって、正直に言う。
「そうじゃなくて、どういう合わせ方をしようかなって」
「あ、買うのは確定なのか」
「うん。いつもと違う系統の服を買ういいきっかけにもなるから」
茉莉はそう言って服に付いている値札を確認した。
「あ……」
視線を落としてすぐに小さな声をあげる。そして「いち、じゅう、ひゃく……」と単位を数え始める。
「ねえ、ダイバ。これって三万円だよね?」
信じられない、と言わんばかりに目を見開いて俺の眼前に値札を差し出す。
「そう……だな。どっからどう見ても、三万円……だよな」
最初は三千円だと思った。けど、どこかで違和感を覚えて俺も茉莉と同じように「いち……」と丁寧に単位を数える。結果は三万円。何度試しても同じだった。
「こういう服はまた大人になってからかな」
茉莉は若干の名残惜しさを残しながらも、元あった場所にそっと服を戻した。
「……それにしても、三万円ってすごいな」
「さすがに三万円はすごいよね」
「……あれ? でも茉莉ってこの店によく来てるんだよな?」
「いやいや! 来てはいるけどあんな高いのは買ったことないから! 今日着てるこの服だって五千円とかそのくらいだし!」
茉莉は勢いよく首を振って否定する。
「そうか。まあ、俺にとっては五千円でも高く感じちゃうんだけどな」
「わたしは服が趣味みたいなものだから。ダイバだって趣味にはお金を使うでしょ?」
「趣味……か」
茉莉の問いかけに対する答えを、声には出さずに口の動きだけで何度か繰り返した。
「そういえば、ダイバってバイトのお金は何に使うつもりなの?」
「ゲームとか、伊田川たちと遊ぶ時に使ったりとか、そんな感じだな」
「洋服には使わないの?」
「まあ、あんまり使わないかな……」
「ふーん」
少しそっけない返事の後に、茉莉は何かを考えているような素振りを見せる。
「だったら、今度わたしがダイバの服を選んであげる」
「え? 今度? 今じゃなくてか?」
俺は棚に綺麗に並べられた服を指差して言う。
「今はまだダメ」
「だ、ダメ?」
「そうだよ。だってまだお給料もらってないでしょ?」
「まあ、それはそうだけど」
「それに……」
何かを言いかけて、茉莉は口をつぐんでしまった。
「それに?」
「いや、なんでもない」
どこか赤くなった顔を隠しながら茉莉は小さな声でそう言うと、近くにあった服を手に取った。
「あ! よかった、茉莉ちゃんたちまだいた〜!」
茉莉にもう一度問いかけようとしたその時、店長の高い声が俺の後ろから聞こえた。
「あれ? どうしたんですか?」
店長はドヤ顔で紙切れを二枚取り出した。
「いやね、さっきお客さんからチケットもらっちゃってさ〜。期限が今月の終わりまでなんだけどね、私もスタッフも今月いっぱいまで仕事があってどうしようか困ってたの。だから、はい! あげる!」
そう言うと店長は茉莉にチケットを二枚押し付けるように渡して、茉莉の肩をポンポンと二回ほど叩いた。
「それ私の見間違いじゃなければ無料招待券だから。茉莉ちゃんファイト!」
「えっ、……ありがとうございます」
店長に何か耳打ちをされたあと、茉莉は渡された二枚のチケットを大事そうに握り直した。
「大澤くんも、楽しんでねっ!」
店長は俺の方を向いてそう言うと、鮮やかなウインクをした。嫌味のない、とても自然なウインクだった。
「ど、どうも」
店長の仕草に見惚れそうになった俺は、取ってつけたようなお辞儀をして、何かをごまかすように茉莉の手にあるチケットに目を向ける。
「それ、結局なんのチケットなんだ?」
「えっとね……」
ぎゅっと握りしめた手をゆっくりと緩めて、二人でチケットに書かれた文字を読み上げた。
「ミズトピア無料招待券」
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