第14話 【ダイバ9】と【シノ2】

「やっと着いた」

 久留島駅のホームで、恵太が大きく息を吐いた。

「なんでだろうね。日曜日と同じ景色なはずなのに、心持ちが全く違うよ」

「彼女と会うからじゃないか?」

「そうだね。ていうか、久留島高校の制服を着てる人が多くてなんだかドキドキするよ」

 俺はホームを見渡す。瀬田ではたまに見かける程度の制服を着た人がたくさんいる。

「彼女がすぐそばにいるんだって思うと、不思議な気持ちになるよ」

「緊張してるのか?」

「そりゃあ、そうさ」

「ここまで来たんだから、あともうちょっとだろ? 頑張ろうぜ」

 俺はホームでキョロキョロと周りを見ている恵太の背中を押して改札に向かう。

「そうだね。……よし!」

 改札に向かう途中の階段で深呼吸を何度か繰り返して、恵太が気合を入れる。

 階段を登り切ると、そこには俺が思っているよりも大きな人混みができていた。

「すごいな。今の時間帯って帰宅ラッシュだっけか?」

 人の波に飲まれることもなく、なんとか改札を抜けた俺は、後ろにいる恵太に声をかける。

「恵太?」

 返答のない後ろ側に、俺は嫌な予感を持ちつつも振り返る。

 俺の予想通り、俺の後ろに恵太の姿はなく、当の恵太は遠くの方で財布を探していた。

「おーい!」

 俺の声にカバンを床に置いて財布を探している恵太が顔を上げて手を振る。

「とりあえずこの人混みを抜けるか……」

 意思の疎通ができたことに安堵しつつ、俺は柱に寄りかかって携帯をいじっている人が何人かいる待ち合わせスペースに向かった。

 手を振る恵太に、ここで待ってるぞ、と伝えるために後退りしながら俺も手を振り返す。


 ……そのときだった。



 *******



「そろそろかな」

 腕時計を見ながら綾子が言う。

「あら? もうそんな時間?」

 今、私たちがいるのは、駅前にある私のお気に入りのカフェ。特にコーヒーがとても美味しくて、私は時間とお金が許す限りこのお店のコーヒーを飲みたいと思っている。

 ちなみに最近やっと店長に顔を覚えてもらった。それが嬉しくて、瀬田西高校の人を待つ間の暇つぶしに、ついつい綾子を誘ってこのお店まで来てしまったというわけ。

 そんな大好きなお店で、仲の良い友達とまったりしていたものだから、少し席を立つのが億劫だった。

「四十分間もあっという間だったね。シノのおすすめのコーヒーもすごい美味しいし、お店の雰囲気もすごくいいよっ!」

 お店に入った四十分前に散々見たはずのお店の内装に、新鮮なリアクションを保ったままの綾子が言う。

「そう。気に入ってくれてよかった」

「ほんとだよ? 私、コーヒーに対して勝手に苦手意識を持ってたんだけど、ちゃんと向き合えばすごい美味しいんだって気づけたもん」

「ならよかった。このお店の店長に聞けばもっとたくさん教えてくれるよ」

 私の声を聞いた店長がカウンターからサムズアップを送ってくれる。綾子は元気に手を振って答えていた。

「それじゃあ、行こっか!」

 美味しいブレンドコーヒーに名残惜しさを感じつつ、席を立つ。

 伝票を手に取り、私がカバンの中から財布を取り出すと、慌てた様子で綾子が言った。

「あーっ、今日は私が出すから!」

「えっ。いやいや、それは悪いよ。私が勝手にここに連れて来たんだし……」

「ううん。すごくいいお店を教えてくれたし、何より付き添ってくれるお礼だよっ!」

 伝票が綾子の手に渡る。ここはお言葉に甘えることにしよう。

「わかった。ありがとう綾子。ごちそうさまです」

「いえいえ!」

 胸を張った綾子は、勢いよくレジに向かっていった。


 綾子がカフェのお会計を済ませたあと、私たちはまっすぐに駅の改札に向かった。

 もうすぐ到着する電車の中に、瀬田西高校の人が乗っている。そんなことを考えると、はただの付き添いなのに、なんだか少し緊張してしまう。

「あ、電車が着いたみたいだね」

 駅のホームの方から、電車の音と、アナウンスが聞こえる。少し間を置いて、たくさんの人が改札に向かって歩いてくるのが見える。

 たくさんの人は大きな波のようだった。

 その波は改札を通って、様々な場所へと広がってゆく。その中で瀬田西高校の制服を必死に探す綾子を横目に、私は考える。

 ——今、私の隣を通り過ぎた人はどこへ向かうんだろう? どういう人なんだろう? 逆に今の私は、人からどう見えているのだろうか。どこにでもいる普通の女子高生……なのかな?

 ——たくさんの人の波に私はきちんと溶け込めているのかな? でも、溶け込みすぎて誰にも見向きもされずに生きていくのだとしたら、怖いな。


 私はこの波の中の誰と出会って、誰と思い出を作るんだろう。そして、この世界に生きる、誰と恋に落ちるんだろう——。


「あっ……」

「おっと」

 人の多さに圧倒されたせいか、変なことを考えていた私は周りに一切注意を払っていなくて、にぶつかってしまった。

「すみません。大丈夫ですか?」

 私がぶつかってしまったその人は、男の人。それも、私と同じ高校生だった。

「あ、いや、こちらこそすみません」

 申し訳なさそうな声と共に頭を下げて謝るに、私も頭を下げる。

 一般常識がある、至って普通の男子高校生。私との共通点は、同じ人間で、日本に住んでいて、同年代で、たまたま久留島駅でぶつかってしまっただけ。

 ……そう思っていた。彼が下げていた頭を上げるまでは。

とか……してません、か……」

「俺は平気ですよ。あなたの方……こそ」

 彼の顔を見つめる。

 なぜかはわからない。だけど私とぶつかったその人は、私をどうしようもなくにさせた。

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