第11話 【ダイバ7】
「チャイム鳴っちゃったなあ」
恵太が頭をかきながら言う。大事なところで話の腰を折られた気恥ずかしさが伝わってくる。
「いや、今のは予鈴だから。まだあと五分あるから最後まで話しちゃいなよ」
ミッチが前のめりになったまま、恵太に話の続きを促した。
「ミッチったら……どんだけ気になってるの?」
メグが笑う。
「いや、なんかわからないけど、乗りかかった船っていうのかな? 気になっちゃった。たはは」
「あはは。ありがとう
「で、恵太は久留島高校に戻って忘れ物のバッシュを取りに行こうとしたんだよな?」
このままだとなかなか本題に戻らないような気がして、俺は話を元に戻す。
「あ、そうそう。友達にバッシュなくない? って言われたあと、焦って久留島高校まで戻ろうと思ったんだ」
「うんうん」
「その時、電話が鳴ったんだ」
「電話?」
「そう。お母さんから『おじいちゃんが転んで怪我した』って電話がかかってきて、すぐに家に帰って来いって言われたんだ。もちろんおじいちゃんのことも心配だったけどバッシュも取りに行きたくてさ。それで——」
「あ、悪い。ちょっと話の腰を折るけど、恵太のおじいさんは大丈夫だったのか?」
このままだと恵太のおじいさんのことが気になって話が入ってこないような気がして、俺はそのまま話を続けようとする恵太を遮って質問する。
「うん。ちょっとした打撲で済んだよ。骨にも異常はないしちゃんと治るから大したことないってさ」
「そう。良かったね」
恵太の言葉を聞いて、ミッチが胸を撫で下ろす。
「ありがとう。それで、電車の時刻表を見ながらどうしようか悩んでたとき、『おーい!
恵太の話に久留島高校の女の子が登場するとは思っていなくて、少し驚く。
「女の子? 久留島高校のバスケ部のマネージャーとか?」
ミッチが聞く。話に女の子が登場したとあって、メグとミッチの興味が加速しているようだった。
「それが……わからないんだ。少なくともバスケ部のマネージャーではないと思う。試合中に体育館で見かけたりしてないし。わかってるのは、久留島高校の生徒だってことと、その子がすごく可愛かったってこと」
「えっ、可愛い?」
メグが目を見開く。座っていた椅子を少しだけ恵太の方へ近づけた。
「可愛かったって、どのくらい?」
「えーと、どのくらい、か……。正直、芸能人にいても遜色ないレベルだと思うくらい可愛かった」
「本当に!?」
「マジだよ! ……そりゃ、ちょっとは僕の補正がかかってるかもしれないけど。でも、それでもすごく可愛かったんだ!」
恵太がかけているメガネの位置を直しながら大きな声で言う。
「可愛いのはわかった。それで、その可愛い子がなんで恵太に声をかけたんだ?」
「あ、ごめん。それがさ、その子が言うんだよ。『靴、忘れてませんか?』ってさ」
「おおっ! ってことは、その可愛い人が恵太くんの忘れ物を持ってきてくれたってこと?」
ミッチの声もかなり大きくなる。
「僕もそう思った。わざわざ駅まで追いかけて持ってきてくれたんだ、って。それで、僕がもしかして? って言うとその子が『そう。追いつけて良かった』って笑うんだ。でもね、僕のありがとうって言葉に、その子は『ごめんなさい』って返してきたんだ」
「え?」
「いまいち話が掴めないな」
「いや、その子ね、俺を追いかけるのに夢中で肝心のバッシュを持ってくるの忘れちゃったらしいんだ。あはは、可愛いよね」
日曜日のそのシーンを思い出したのか、恵太が目を瞑って笑った。
笑い事じゃないような気もするけど、俺はそこには触れずに質問する。
「えっと、ということは?」
「それで、電車もあと二分くらいで来るってことで、バッシュはその子が預かることになって、七月七日に久留島駅でその子からバッシュを受け取る約束だけして僕はおじいちゃんの元に向かったってわけ」
ここで恵太は水筒を開けて水を飲む。なるほど、話はここで一区切りらしい。
「要するに、今日そのバスケットシューズを受け取りに行くんだけど、その付き添いをダイバくんと乾くんにお願いしたいってわけね」
水を飲む恵太を横目に、ミッチが話の要点をまとめてくれる。
「ん、……その通り。ありがとう諏訪っち。というわけなんだけど快斗はどうかな? 今日って予定ある?」
ひとしきり水を飲んだあと、一息ついて恵太が言う。
「え?」
恵太の声を聞いて快斗は驚いていた。まるで今までの話を、何も聞いていなかったみたいに。
「だから、今日の予定。久留島まで着いてきて欲しいんだけど……ダメかな?」
「ああ……今日の予定か」
快斗は少し悩んだあとに、ホッとしたような表情を浮かべて「ごめん。今日はバイトがあるからちょっと無理かな」と言った。
「そうか、バイトか。なら仕方ないな」
恵太は寂しそうな表情で俺の方を向いた。
「ダイバは?」
「今日は残念ながら……」
俺は少し意地悪をしたくなった。眉間にシワなんかを寄せてみて、悩んだふりをする。
「う、嘘だろ? 頼むよ、僕一人で久留島に行くのはちょっと勇気がいるから」
恵太は俺の想像通りのリアクションを見せてくれる。
「——暇です!」
「……おい、やめろよダイバ。マジで焦ったよ」
俺は眉間にシワを寄せるのをやめて笑顔を浮かべる。それを見て恵太は大きく息を吐いた。
「ははは! 悪い悪い、ちょっとからかいたくなっただけだよ」
「はあ、今日帰りに駅前のハンバーガーとか奢ってあげようと思ったんだけどな」
「ああ、そうだな。恵太の言う通り俺が全面的に悪かった。この通り謝るから、予定通り焼肉奢ってくれ」
「——いや! ちょっと高級になってるじゃないか!」
「その前に“通り”って言い過ぎじゃない? なんか売れないラッパーみたいになってたけど……」
「ウフフ、確かに。ミッチの言う通りだね。……あっ、私も“通り”使っちゃった」
俺のボケにツッコむ恵太。ボケに気付いてくれたミッチに、墓穴を掘ったメグ。
俺たちは、十三時のチャイムが鳴って教室に入ってきた武田先生に注意されるまでずっと、下らない話をしながら笑っていた。
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