第4話 【茉莉】

 わたしには好きな人がいる。

 その人はちゃらんぽらんだし、変なところで真面目だけど、とっても優しい。その人がいたおかげでわたしの高校生活はとっても楽しくなったの。

 一体誰なんだって? ごめんね、誰かは内緒だよ。


「茉莉! そういえばとはどうなの?」

 わたしの友達である、サーちゃんが言った。

 わたしの弱み——つまり好きな人を知ってるが故の、意地の悪い顔。どうして人ってゴシップが好きなのかな?

 ……あ、わたしも自分のことじゃなければこういう話題は好きっていうのは内緒だからね? 人ってみんなそうだよね?

「え? どうなのって?」

 今は部活の準備をしているところ。わたしはわからないフリをして聞き返した。

 わたしはバドミントン部で、サーちゃんはバレー部に所属している。サーちゃんとは去年クラスが同じで、クラスが別々になった今でも仲良くしている。

 今日は月曜日なんだけど、バドミントン部はお休み。月曜は半面がハンドボール部、もう半面はサーちゃんのいるバレー部が利用している。

 じゃあ、なんでわたしが体育館にいるのかっていうと、自主練するため。ウチの高校は体育館が広いから端の方ならいくらでも使えるんだよね。

 サーちゃんは月曜の放課後、自主練の準備をしているこの時間にわたしの元へやってくる。

「もう、とぼけないの。あの人はあの人だよ? なんか進展あった?」

 そして、こんな感じで色々と探ってくる。サーちゃん、そんな顔で見ないで。期待されても全然進展なんかしてないんだから。

「進展って……そんなのないよ」

「いや、その顔はなんかあった顔だな〜。さ、茉莉! ウチらの間に隠し事は無しだよ?」

 サーちゃんがわたしの肩に手を回す。モデルさんみたいにスラッとした体に包まれる。何をしたらこんなに綺麗な体になるんだろう? 羨ましい。

 そういえばダイバが「バレー部だから身長が伸びるんじゃね?」って言ってたっけな。うーん、わたしもバレーやってれば良かったのかな?

「茉莉〜? もう部活始まっちゃうよ〜? お・し・え・て!」

「そ、その前に、サーちゃんの方はどうなの?」

 密着するサーちゃんの動きに合わせつつ、わたしは最後の悪あがきとして質問返しをする。サーちゃんの方に何か進展があれば、そっちの話題にシフトするんだ。

「え? うーん、席替えでウチの席が彼の前になったことと、去年から付き合ってる彼女さんと喧嘩しちゃったらしいってことくらいかな」

「おお〜! チャンスじゃん!」

「うん。だから最近は部室じゃなくて教室でお昼食べるようにしてる。しかもウチの手作りってことをアピールしながら」

「あはは、そうなんだ。相変わらずサーちゃんはガンガンいくんだね〜」

 そう。サーちゃんもわたしも高校一年生のときに恋に落ちた。

 サーちゃんはわたしと違ってかなり積極的にアピールをしている。わたしはサーちゃんのそういうところを見習わなきゃ、と思っている。まあ、サーちゃんの好きな人はライバルが多いから、積極的にならざるを得ないのかもしれないけどね。

「やっぱり茉莉の言う通り、クラスが同じになったんだから好きな人の近くでお昼を食べようっていうのはアリだね」

「でしょ?」

「うん。まあ、二年になって同じクラスになれたし、彼とクラスそのものが違った一年のときよりかはチャンスが増えたって感じかな!」

「そっか〜」

「それで、茉莉は? ウチはちゃーんと教えたんだからね?」

 サーちゃんがニヤリと笑う。……しまった。サーちゃんの積極性を逆手に取られて上手いことやられちゃった。

 わたしは観念して、彼との進捗を話し始めることにした。

「……今日ね、数学の小テストがあったんだけど、つきっきりでお昼休みに数学を教えてもらったの」

「あ、武爺たけじいでしょ? ウチも武爺の授業受けてるけど、小テストしんどいよね〜」

 武田先生の小テストのことを思い出してしまったのか、サーちゃんはそこでハーッと息を吐いた。

「で、つきっきりだったんでしょ? それで、それで?」

「えっとね、おかげで数学苦手なわたしの小テストの出来が、おそらく過去最高……です」

「すごいじゃん! 、教えるの上手いんだ?」

「そう。すごく丁寧に教えてくれた。なんかね、数学が得意なんだって」

「へー、意外。一年のときのイメージだと勉強得意なイメージが一切無いんだけど」

 サーちゃんが目を見開く。元々大きな目がさらに大きくなる。いいなあ、ぱっちりした目。やっぱり羨ましい。

「だよね。わたしもびっくりした」

「だってさ、一年のときはさ、なんかのゲームにハマって夜更かししてて、伊田川くんと一緒に朝からずっと寝てたもんね」

「そうそう。でも、伊田イタっちと違って、授業が始まると寝ぼけながらも真面目になってノートを取り始めるの」

「ね! でも国語の授業だけはノートも取らず、『寝ちゃダメだ……』って呟きながら机に突っ伏したりして!」

「うんうん」

「それで提出の時期になるといっつも茉莉のノートを借りに来て」

「そうなの。しかも、今日の国語の授業もボケッとしてたよ」

「よくわからない人だね」

「……そうだね」

「でも好きなんだ?」

「……うん」

 サーちゃんの問いに、わたしはうなずく。好きを認めるのは顔から火が出るくらい恥ずかしいけど、サーちゃんだから許そう。

「ん〜! 茉莉は本当に可愛いなあ」

 サーちゃんが抱きついてくる。

「わ! サーちゃんったら苦しいよ〜」

「ははは、ごめんごめん。……あ、そうだ! お礼したら?」

 サーちゃんがわたしに抱きついたまま、大きな声を出す。どうやら何かを思い付いたみたい。……って、お礼?

「お礼って、数学を教えてくれたお礼ってこと?」

「そう。お礼を口実にどっか一緒に出掛けるとか、そんな感じ!」

「……なるほど」

 一緒に数学を勉強できたことが嬉しくて、お礼だなんて一切考えてなかった。

「遊園地とか、水族館とか、そういうところに誘って休日を一緒に過ごすの。……どう? 良くない?」

「……それ、すっごくいいアイデアだと思う。思うんだけど、ちょっと勇気が出ないな」

「茉莉なら大丈夫だって!」

 サーちゃんがもう一度、わたしの肩に手を回す。なんでだろう、サーちゃんはボディタッチが多いけど、全然嫌な気持ちにならない。不思議だ。

かえで! そろそろ練習始めるよー!」

 バレー部の子がサーちゃんを呼ぶ。

「あ、はーい! それじゃ茉莉、またね!」

「またね」

 わたしは手を振った。

 サーちゃんはそれを見て、左右に動くわたしの手をぎゅっと握る。

「いいチャンスだし、お礼はした方がいいよ! それと、いい案が浮かばなかったら連絡して。デートコースとか一緒に考えてあげるからさ」

「で……デート!? いや、ただのお礼なんだけどな……」

「そんなのどっちも変わらないよ! 茉莉、ガンバ!」

「……うん。サーちゃんもね」

 バレー部の輪の中にサーちゃんは入っていった。わたしもバドミントン頑張らなきゃ。

「茉莉ー! 準備できたよ。練習しよ!」

 一緒に自主練をする友達からタイミングよく声がかかる。

「ありがとう! やろっか!」

 デート……かあ。もしもOKしてくれたらどこへ行こう?

 ううん、あなたと一緒にいられるならどこでもいいかな。……なんて。ちょっと恥ずかしいけど、いつかそう言えたらな。

「打つよー!」

「はーい!」

 体育館の隅っこで、小さな羽が飛んだ。

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