第4チェイス・天才と秀才

「なんでそう勝手に決めつけるんすか! 見たこともないくせに知った様な口を!!」



俺は怒りで立ち上がっていた。


『貴方は、彼らに勝てない』なんて詭弁だ。


否、詭弁でなくとも受け入れられなれない俺の現実逃避なのかもしれない。



「凡人と天才は、生きるステージが根本的に違うのよ。

天才は天が敷いたレールを極めていくだけ。レールも何も無い凡人は天才とは渡り合えない。


最初から負け組なのよ。あなたも、私も……」



胸を抉った言葉の数々に俺は打ちのめされた。


普通、入部した生徒にそこまで言うか!?


膝に出来たアザが階段を上がる度に痛む。



『ただし、可能性が皆無な訳では無い』

『それは一体……?』

『たった一人のになるの。それが平等に与えられた天才と戦う唯一の武器。


先天性と後天性。伸び代があるのは間違いなく後者よ。頑張りなさい』



その激励を反芻し自分を勇気づける。


太陽が沈み廊下の明かりが外に漏れるくらいには暗くなっていた。


突然、教室から連れ出されたからカバンも全部置きっぱなしだったので取りに帰らなければいけなかった。


すると、聞き覚えのある歩調が一階付近から近づいて来た。


誰だ? ――って



「伊吹!?」

「なんだ、その足音は颯だったか」

「なんだってなんだよ!!」

「なんだっていいだろ」



また階段を上り始めると、颯は一段飛ばししながら下りだした。


どうしても、数分前とは別の目で見てしまう。


仲間だと思っていた友達がライバルに変わるとこうも言葉の端々に緊張が走る。


二人とも踊り場に出て手すりを掴み向かい合った時だった。



「そういや怪我、大丈夫だったか?」

「まあ、おかげさまで。……颯!」



俺は奴を絶対に負かす。


これはその為の決意表明だ。



「俺は、お前に勝つ!!」



颯は一瞬だけ驚いた表情をみせたがすぐに元の顔に戻った。


そして細く笑い、一言だけ吐き捨てた。



「やってみろ」



***



にしても、あそこまでチェイスタグというスポーツに惹かれるとは思わなかった。


世界三大スポーツに選ばれるのも納得できる。


初めはただの鬼ごっこと思っていたが、本気になれば風を追い抜くスピードで入り組んだタグコートを駆け抜けるカッコ良さはバスケやサッカーと引けを取らないだろう。


そんな魅力が、チェイスタグにはあった。


部費も安いし。



教室に繋がる廊下に足を踏み入れ角を曲がると教室前に誰かが座っていた。


横に指定カバンを置いた、女⋯⋯?


次は何者だ。


向こうも足音に気づいたのか、手を使わずに立ち上がりスカートについた埃を払い落とした。


黒髪のポニーテールに大きな瞳、鼻筋が通っていて小鼻、艶っぽい唇。身長は百五十後半くらい。


これが完璧というやつか。


そういえばこの子、体育館にいたような、いなかったような。



「さっき体育館に」

「――やあやあ初めまして。チェイス部・マネージャーの二年、成瀬なるせ亜紀あきです!」



⋯⋯先輩だった!!


敬礼のポーズをとった成瀬先輩は日も落ちてるのに笑顔が眩しすぎる。


先輩は床に置いていたカバンを持ち、取っ手をこちらに向けた。



「はいこれ。下校時刻と同時に教室の鍵、勝手に閉められるから先に荷物出しといたよ」

「えマジか!! あ、ありがとうございます!」

「いえいえ〜、マネージャーならこれくらい気が回らないとね。あとこれもっ」



先輩はポケットからフェルトのキーホルダーを取り出して俺の手中に収めさせた。


女子の手に触れたのはどれほど久しいか⋯⋯。


なんて考えちゃダメだ。変態かよ、俺。


キーホルダーは一般的なユニフォームの形とあまり変わらない。


表面には「SHOSO」と縫われていて、背面には



「あい、けー、ゆー……? いくび……?」

「あちょっと待って! それじゃない間違えたこっちこっち!! これだから!!」



慌てふためきながら手のひらからキーホルダーを取り上げられた。


と、思えば次は逆のポケットからまた同じフェルトのキーホルダーを取り出し渡された。



「『IBUKI』って……。もしかして」

「いやいやいやいや!! 縫う順番間違えたとかそんなの有り得ないし!」

「もうそれ言ってんじゃん」

「あっ……。と、とにかくそういう事だから! それあげる!!」



先輩の顔がみるみる赤くなっていく。


部活に入ればこんな女神を毎日拝めるのか。


チェイス部様様だな。って思ったり。



「ありがと。こういうの貰ったの初めてだし大切にするよ」

「うんっ! チェイス部の団結力を高めるためだから、ちゃ〜んと付けてね。先生に怒られちゃうし早く帰ろ!」



あ、部員全員にあげてるのね。


いや普通に考えればそうか。


何勝手に自分だけだと思い込んでたんだ。


けど、俺なんかがこんな受け入れてもらって幸せ者だな……。


先輩ととりとめのない話をしながら三階の渡り廊下に出ると、一人の男が待ち伏せをしていたかのように壁によりかかっていた。



「はっ、まだそんなしょ〜もないことやってんのか、亜紀。時間の無駄、金の無駄。さっさと辞めてしまえ」

悠介ゆうすけ……」



学ラン? 他校の人間か?


茶色に染められた天然パーマで学ランのボタンはとめず、中に赤色のパーカーを着ている。


先輩の同級生か分からないが口が悪くて、怖い。



「私は好きでマネージャーをやってるの。悠介にあれこれ言われる筋合いなんか無い」

「ふぅん、まあええわ。

そこのお前、さっきチェイス部とゴチャゴチャやってた奴やろ。んで最後は握手……。クッフッフッ……ハハッ……! 何やそれ、おもろすぎやろ!!」

「ちょっと悠介!」

「――お前は引っ込んでろ! 男に媚びることしかできねえカスがしゃしゃんじゃねえ」

「……ッ!!」



なんだコイツ。何が言いたいんだ。


先輩だろうと人間として最低な類だ。


成瀬先輩まで侮辱して許せない……!


だが、ここで手を出してしまえば十割俺が不利になってしまう。


込み上げてくる怒りを逃がす方法は何かないか。



「結局お前は成瀬先輩まで貶して何が言いたい?」

「おっ。こう見えて先輩なんだけどなあ、お前呼びとはやるねえ」

「何が言いたいと聞いている……!」

「そんな急かすなよ、しゃ〜ないから本題や」



こいつは俺に用がある。


成瀬先輩は巻き込めない。



「俺と勝負しようや」

「勝負? ルールは何だ」

「お前さんの大好きな『ちぇいすたぐ』や。ただしコートは学校の校舎内。制限時間は三十分で九時まで。俺がお前を追いかける。


そして新たな追加ルーーーーール!!!」



悠介と呼ばれる男は大声で叫び、制服の内ポケットから銀色に光るものを取り出した。


何度も自分の目を疑ったが、奴が取り出したのは紛れもなく……。




「お前を捕まえたらこのナイフで殺したるわ」

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