第3チェイス・新たな目標
「いっててて」
「もう。パル……じゃなくて、チェイス部の子たちって一日一回は絶対に怪我しないと死んじゃう病気にでもかかってるの?」
あの後、握手を交した俺はチェイス部に入部した。
そして颯の付き添いで保健室に至る。
頭から飛び込んだせいで思いっきり床に頭をうち当てたのだ。
脳内に鈍痛が響く。それに肘も床で擦った時のやけどでヒリヒリする。
ある程度の処置はしてもらったが、かなり雑なのはあまりにもチェイス部の客が多いからだろう。
「あの、チェイス部っていつ出来たんですか? 今まではバスケだったりサッカーだったりが上位を占めてましたけど、最近急に勢いを増した新参競技ですよね?」
保健室の先生の瞼が一瞬ピクリと動いた。
少し長い話になるけどいい?と聞かれ、特に今後の予定の無かった俺は縦に首を振った。
「チェイス部は、今年で3年目かしら。
元々はパルクール好きの生徒がパルクール同好会のノリで始めたの」
先生はガーゼを挟んだピンセットを置いて足と腕を組んだ。
「だけど、やっぱり目に付いちゃったんだろうね。骨を折ってる生徒が増えたから校長先生が『パルクールは危険な遊びだ』って判断して禁止令が出たのよ。それから数年経って、イギリス人の兄弟がチェイスタグってスポーツを作り、この学校に輸入された」
「え、でも何で〝パルクール〟はダメで〝チェイスタグ〟は許されたんですか?」
「さぁね。ただ、新しい校長先生が百折不撓の精神だったり設備が整ったってこともあるかも」
なるほど。
だが、他校と比べれば圧倒的な数年の差が生まれた筈なのに、どうして全国大会常連校に位置することが出来るのだろうか……。
「ちなみに私は、この元祖パルクール同好会の一期生よ!」
え?
「ぅえぇえええぇえ!? 何で!?」
「ふふっ。私自身、身体を動かすのが好きだったからね」
「は、はあ」
まず先生、この学校出身だったんだ。
確かに先生はまだ若いし合点はいくが……。
「たまたま一期生になった感じですか?」
「いぃえ? この学校に進学した先輩から『パルクール部ができるかも』って噂を聞いていたのよ。パルクール部なんて日本にまだ無かったし、これはチャンスだ!って」
「で。それも束の間、禁止令が出ておじゃんと」
「そっ。……でも今年の新入生は豊作だよー?」
そういい先生は右手を顔の近くに上げ、指を折りながら話を続けた。
俺はただ無言で聞いていた。この候補に上がる奴らが俺が勝たなければならない相手になるからだ。
「一人目。とてつもない持久力を誇る
二人目。本人自覚無しでかなり性格の悪いプレイスタイルの
三人目。左利きを武器に有利で姑息なゲームをする
四人目。俊敏な動きで相手が飛んでる間に懐へ詰める
五人目。俺がルールの精神で相手を翻弄しゲームを私物化してしまう
六人目。鍛え上げられたバネで空を制する〝空中の番人〟
七人目。トリッキーで型が無く、誰もが予測不可能な〝逃げの鬼才〟
そして八人目――」
保健室内が静まり返った。
先生は部活の顧問でもあるから歴代の生徒名はよく覚えている。
そんな先生が心から認めるプレイヤーとは……。
「空間認識・処理能力がずば抜けて高く、高校生にして世界最高峰のトップアスリート。恐ろしさから〝神の傀儡〟と呼ばれるようになったその男の名は、
――
名前を聞いた瞬間、俺の記憶が走馬灯のように繰り出された。
放課後、前の席に座っていたあの顔。あの声。
開いた口が塞がらないとはこういう事なのかと知った。
確かに一ゲーム交えた時、十秒で捕まえられるのは普通に考えておかしい。
世界最高峰と言われても疑えない。
恐ろしい。こんな奴がこの学校にいるなんて。
しかも友達になってしまった。
先生は俺の反応の一部始終を見ていたようで、慌てて返事した。
「そ、その八人は重要人物って感じですか?」
「ええ、全員『推薦入学』ってやつね。この子達、AチームとBチームを牛耳っているわ」
なんと、俺の同級生はチェイス部の一軍・二軍を占領していたらしい。
なんてこった。
一チーム・六人構成の上位二つだからそこに入った四人の部員はある意味、可哀想だ。
そして俺は、まずこの八人をぶっ倒してAチームにメンバー入りを果たす。
やってやろうじゃねぇか。
待ってろ推薦組。
先生は改めて両足を地面につけ、手を腿の上に置いた。
瞳は真っ直ぐ俺に向いていた。
何か言いたげな表情を浮かべては消える。
「何か、問題があるんですか?」
「……ごめんね。名前を聞いて士気が上がったかもしれないし、辛い思いをさせない為にもこれだけはハッキリ言っておくわ。
どんなに足掻こうとも、努力しようとも、生まれ持った才能の差が大きすぎる」
ちょっと待ってくれ。
俺が聞きたかったのはその言葉じゃない。
俺はその続きを聞きたくない。
息が苦しくなる。辞めろ、辞めてくれ。
「……貴方は、彼らに勝てない」
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