第2チェイス・天下を取る

開始のブザーが鳴り響いた。


たった十秒、たったの十秒だ。


こんなの走ってたら追いつかれるわけがない。


ほら、もう二秒も経った。



「っしょと。早く逃げないと捕まるよ?」



はやてが上のパイプを伝って進行通路に降ってきた。


一歩進んだら自爆する寸前で右へ回転し避ける。


尋常でない身体能力に驚いたが、


俺がこんな所で捕まる訳にはいかない。


俺は絶対に勝つ!!



[00:03:48]



一番逃げ遅れるのは真後ろへ逃げることだ。


一八〇度回転と〇度回転のどちらが早いのかは自明だから。


残り三秒で蹴りをつける。



「――残念、捕まえちゃった」



え。え?


下を見ると左腕をしっかりと握られている。


あの時、確かに俺は颯の視界から外れていた筈だった。


……ブラフ。


わざと左に体と視線をずらしていたのか?


つまりこのコートをし捕らえる為の最短ルートを瞬時に読んで誘導させられた?


「おー秋山ガチでやりやがった」

「秋山、時間かかりすぎだ」



こんな小さなコートで逃げれるかよ……。


強すぎる。



「何だよそれチキショー。バケモンかよ」

「驚いたでしょ? 目のいい伊吹いぶきは鍛えればもっと強くなれるかもよ」



勝った上に助言までしてきやがる……。


悔しいがこれも勝った者の特権か。


次俺のターンで捕まえれば延長で希望はある。


自分が出し得る全ての力をこの一分半にかけてやる。



***



そう意気込んだものの、なかなか捕まらない。


繰り出される技のせいで足にバネが入っているように見えてしまう。


何十キロとある体が一桁しかないみたいな。


まずい、気を取られててはいけない。



「体力テストAの実力はそんなものかぁっ!!」

「ぁあ! くっそぉおお!!」



何度近づいても一瞬で距離を引き剥がされる……!


俺と颯の間にある磁力で押し返されてるみたいに近づけない。


颯は手すりをジャンプで軽々と通ったり、パイプの間をそれが存在しないかの様にすり抜けたりする。


一方の俺はビビって地面に足をつけておくことしか出来ない。


偶に手を思いっきり伸ばしても髪一本、布一切れさえ触れられない。


パルクーラー気持ち悪いな!?



「一分経ったぞー! 残り三十秒だー!」

「いけいけー! 頑張れー!!」

「もっと走れるだろ!!」



野次なのか励ましなのか……。



あと三十秒どう立ち回れば勝てる。


回り込むか? 


いや、あの身体能力ならすぐに切り返される。



「残り十秒ー! 天夜あまや急げよー!」



低い見張り台のようになった正方形の障害物一つを間に挟んだ。


颯の逃げるコースは角の九十度。


左右の二コースしかない。


さあ、ここからどう動く。



視野がじわじわと狭くなってきたが一つ一つの動きがスローに見える。


何だろう、この感覚。


今まで感じたことの無い高揚さと緊張感。


楽しい……!!



「五秒ー!! 四ー! 三ー!」



残り三秒弱で伊吹は障害物の中に滑り込ませた。


両手で持った上部の



伊吹は颯の視線が一瞬、左に動いたのを見逃さなかった。



万歳の様に上を向いた体を腕力で戻し、台の縁に乗せた足を使って左通路に飛び込んだ。



――ビィーーーーーーーー!!!




ブザーがけたたましく鳴り響くと同時に、


半ば体当たりをする形で飛びついた。




俺の手は、颯の体操着を捕らえていた。



「すげぇ……」

「何が起きたんだ??」

「体験生! 反則級の強さじゃねえか!」



気づくと颯の上に寝転がっていたことに気づき飛び起きた。



「くっそー、やられた」

「結果は……?」


「お前の、勝ちだ」



勝った。勝った! 勝った!!!



「よっしゃぁぁあ!!」



喜びのあまり床に寝転びながら一人でガッツポーズをしていた。


そして、それを全員に見られていた。



「お前っ、まだドローなのに喜びすぎだろっ、あははっ」

「……あ」



死にそうなくらい恥ずかしい。


上半身に血が上り手のひらで顔を仰いだが治まらず、近くにあったうちわを使った。



「やってみた感想はどう?」



颯が寝転びながら訊いてきた。



「何か、ゲームに吸い込まれるというか自分が自分じゃない感覚?になった」

「なーるほど伊吹は凄いな。それはゾーンだよ、ゾーン。その時のことあまり覚えてないでしょ」

「あぁ、こんなの初めてだ」



今までゾーンに入ったことがあるのは陸上の大会に助っ人として出場した一回か二回くらいだった。


必要の無い雑音が消え、ピストルの号砲にだけ神経が研ぎ澄まされていた。


ゾーンに入ったか入ってないかは全て終わってから気づく。


あの感覚がずっと前から好きだった。


バスケは十分の四クオーターで集中がなかなか続かなかったが数秒間だったらフルタイムでいける。


俺は伽らせた話を続けた。



「チェイスタグ、気に入ったよ。このチームに入りたい。


俺はこのチェイスタグで天下を取る」



刹那、静寂が漂ったがすぐにそれは歓迎の声へと変わった。


絶対に日本一へ行く。そう心に決めた。


焦げた赤の髪色をした副キャプテンが俺の前に立って手を正面へ出した。



天夜あまや伊吹いぶき。俺達はお前みたいなデカい夢に立ち向かう奴が欲しかった。


――チェイス部へようこそ」

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