校内選抜戦
第1チェイス・無骨の戦場
入学式を終え、本格的に授業が始まった四月下旬。
各々が部活に入部していく中、特に興味がなかった俺はただダラダラと無駄な時間だけを過ごしていた。
教室の窓から外周の掛け声が響いてくるし、バットが野球ボールを弾き返す音も聞こえる。
「うわ
そう言いながら入ってきたのは同じクラスになった
上下黒のアンダーアーマーに濃い赤のユニフォームを着ていて新鮮だ。
ロッカーを漁って取り出したのは……。
なんだあれ? 白色の、石灰?
「何見てんだよ。これは〈粉チョーク〉って言って野球のピッチャーが投げる前にニギニギしてるやつ」
「ん? 颯って野球部だっけ?」
「チョークくらい体操選手でも使うだろ! 用途は様々だ」
へえ。バスケしかやってこなかった自分からすれば新しい発見だな。
颯はすぐに走って教室を出て行った。
と、思えばまたひょっこりと顔を覗かせた。
「また忘れ物か?」
「いや、お前まだ部活入ってなかったよな? 体育館まで観に来いよ!!」
***
と、言われたのが数分前で。
半ば強引に体育館前まで連れてこられた。
「そーいや伊吹は体育館入るの初めてかな?」
「入学式に一回だけ」
「ああそうだったな。じゃあ二回目か」
「まあそうな……」
壁一枚挟んで体育館から響いてくる音に違和感を感じた。
妙な着地のリズム。
バスケ部だとボールをつく音と走る音が調和を成していた。
隣でやっていたバレー部もたまに大きなジャンプをしたであろう着地音が響くだけ。
バド部はスマッシュ後のタタンっという音が鳴る。
だけど、この壁の向こうでは何が起きているのか予測が出来ない。
ガタッ。パンッ。キュッ。ガンッ。バタンッ。ドンッ。
走っているのは分かるが偶に空中に浮いているような。ブザーの間隔もやけに短い。二十秒くらいか?
「おーい伊吹ー。こっちだ、早く来いよ」
颯が体育館の出入り口で、親指を立てて指差していた。
脱いだローファーを手に持ち、体育館に入るとさっき感じた異様な空気は確かにそこにあった。
黒く無機質なパイプが複雑に入り組んだそれは体育館には似つかわしくない奇妙なオーラを放っている。
コートの線代わりだろうか。高さ三〇センチくらいの中央に向かって斜めになった板がそのパイプ群を囲っていた。
「おい一年! 持ってくんのおせーぞ!」
一通り終わったのだろうか。
給水をしているメンバーの一人、焦げた赤色の髪でガタイが良く、背の高い人が口を開いた。
「悪い副キャプテン! 悪気は無かったんです」
「隣にいるのは誰だ。体験入部?」
「ああ! コイツは
「ん? え、は!? 俺まだ何も言ってねえよ!?」
キャプテンと呼ばれる人物はタオルを肩にかけ、腕を組んで首を傾げた。
まあそうなるでしょうね……。
「伊吹、勝負をしよう」
「嫌だよ」
「伊吹が勝ったらオレは手を引く。だが、オレが勝ったら伊吹はこれから部活の一員だ」
「えぇ……」
聞く耳を持たない颯にはうんざりする。
周りは「何それ面白そう!」とか「どっちが勝つんだろうな」とかもう気乗りになっている。
変なことに巻き込まれた。だけど、
「体力テストでA以外とった事のない俺に勝てるのなら、受けて立とう」
「そうこなくっちゃ! ルールは、タグコートっ名前のコート内で制限時間の間捕まらなければ良い。あとは手だけのタッチで、殴らない蹴らない引っ張らない。以上!」
簡単にまとめれば今からするのは体力勝負の鬼ごっこ。というところだろうか。
幸い幼い頃からスポーツをして来た俺は体力・筋力・瞬発力、共に恵まれている。
「その制限時間は?」
「そうだなー。伊吹から
オーケー、十秒ねー。……うん?
「十秒!? いくら何でも九分の一は舐めすぎじゃないか」
「ふはは、そうかなぁ〜?」
まあいい。
九十秒と比べればたったの十秒逃げ切るだけで良いのだから。
「天夜君、だね」
体操服に着替えると壁にもたれて座っていた人が立ち上がり、始めるに当たって簡単な説明をしてくれた。
ついていく様にパイプの間を屈んだり跨ったりしてコートの中央へ進んでいく。
「この〈チェイスプレート〉が
そう言い足をつけたり離したりして実演してくれた。
この人の発する言葉は端々から優しさが滲み出ていて謎の安心感さえ感じる。
「分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、頑張って。本当は
「伊吹! 準備できたかー!」
屈伸や伸脚をし強張った体を解きほぐした。
「ああ。 ……いくぞ!!」
颯の足が板から離れ、ゲーム開始を合図するブザーが体育館に鳴り響いた。
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