第5話 神判課所属シスター、リーブ

「はあ」


わかりやすく肩を落とす少女。周りにいるシスターたちはどうしていいのかわからずただ心配そうに見守るだけだった。


少女は一人、廊下をとぼとぼ歩いていた。


……そんな中、廊下をどたどた音を立てて少女に迫ってくる足音があった。


「リーブぅぅぅぅぅぅぅ」


「ひゃ」


沈んでいたリーブの肩をに勢いよく赤髪の少女がのしかかってきた。


「何するのっ、レイア」


リーブには走ってくるレイアの姿は見えていなかったのだが、確かな自信をもってのしかかってきたのはレイアだと断言した。


なぜならいきなり友人の背中にのしかかってくる友達、しかも神の代弁者として日頃品行方正な振る舞いを強要されるシスターの身でありながら人前で堂々とボディプレスしてくる友人など一人しか思いつかないからだ。


「相変わらず、リーブはかわいいなぁ」


そう言いいながら、レイアはリーブの柔らかいほっぺに手を伸ばした。


「れ、レイア、ほっぺもまないで」


と言っても、レイアにリーブの静止を聞く耳などなく、満足いくまでリーブの柔らかいほっぺをぷにぷにし続けた。


「で、どうしたのよそんな暗い顔しちゃって」


一通り揉みしだいて満足したレイアは回り道せず、真っすぐリーブが落ち込んでいる理由を聞いた。


「う、うん。実は……」


リーブは数分前に行った神判について話した。神は罪人に有罪を下したこと。それに激高した罪人に殴り掛かられたこと。そしてその罪人が神の光、滅亡の光で滅せられてしまったこと。


「ふーん、そうなんだ」


リーブの話を聞いたレイアは口元を少しとがらせ考え込むような仕草をした後、


「まあでも仕方ないよ。シスターなんてやってたらよくあることじゃない。気にしない、気にしない」


あっけらかんと意気消沈している友達にそう答えた。


「そ――」


そんな言い方しなくても……とリーブが言うことはできなかった。リーブの言いたいことを察したレイアがリーブが言うよりも先にその答えを言ったのだ。


「だって、そいつ、リーブのこと殴ろうとしたんでしょ」


「そ、それは……」


レイアの言葉につまるリーブ。リーブを真っすぐ見るレイアの眼には神の滅せられた罪人への哀れみではなく大切な友達に危害を加えようしたことへの怒りが宿っていた。


「だから、滅亡の光が発動したんでしょ」


滅亡の光。境会内でシスターに危害を加えようとした者を滅する神の威光。


神判課に所属するシスターは処刑課の執行官と同じ神に選ばれし神官なのである。その神官にあろうことか神と疎通する場である境会で手を出そうとするなど、神への冒涜以外の何物でもない。神からすれば、神官はお気に入りの人間。我が子も同然なのだ。神の逆鱗に触れる愚か者はみな等しく全身を焼かれ跡形もなく消し去られる。例外はない。


「う、うん」


無理して頷くリーブをじっと真剣な目で見つめた後、レイアは大きく息を吐いた。


レイアの顔がいつもの気さくな少女に戻る。


「だいたいそいつストレス発散とか言って犬や猫をいじめて虐殺してたんでしょ」


「そ、そうだけど」


「自分より弱いものをいじめて愉悦に浸るなんて、最低のくずじゃない。そりゃあ、ロザリオも赤くなるわよ」


「……ロザリオ」


今、二人が首にかけるロザリオは白のまま、何にも染まってはいない。


シスターの持つロザリオは執行官の持つインスクリプションと同じ神の力を宿した聖なる神惧の一つである。執行官のインスクリプションは執行対象の素性を知ることができるのに対し、シスターのロザリオはその色を変えることでそのものが罪人足るかどうかを示すのである。


赤なら有罪、青なら無罪、黒なら……


「いいわよね、執行官の神惧は持ち主に特別な力を与えるんだから。それに引き換え私たちのロザリオは……」


「それは……は、はは」


否定する材料が思い浮かばず、苦笑いでごまかすリーブ。


もちろん神様、我らが主に選ばれたのはとてもうれしいし、未熟とはいえシスターになれたことはリーブの人生で一番誇れることだと思っている。


それでもロザリオの能力には少し物足りなさを覚えてしまっていた。


「どうせ審問の祈りで有罪か無罪かは教えられるんだから、わざわざロザリオの色を変えて罪人に教える必要あるっ」


神判を行うためにする審問の祈り。シスターと神との疎通。その時有罪ならばどれほどの罰を与えるか、神託として祈りを捧げたシスターの頭の中に直接裁定が浮かび上がってくるのだ。


故に、ロザリオの罪人足るかどうかを識別する能力は神判の過程においてそれほど重要ではない。


第三者がいればロザリオの色で罪人かどうかをその第三者に指し示すことができるのだが……神とつながる神聖な境会に第三者が立ち入ることはまずない。


「た、確かにそう、だけど…………で、でもこっちの方が、お、おしゃれ、じゃ、ないかな」


「ああ、はいはい、そうねそうね」


何とか絞り出したフォローをあっさりスルーされるリーブ。またリーブの肩が下がったのを見てレイアは急遽話を変えることにした。


「それより聞いた」


レイアの声にリーブの肩が少し上がる。


「うん、なにを」


「この近くにイビルが出て、さっきまであばれてたんだって」


「えっ」


レイアの言葉にリーブの顔が青ざめる。


異常なくらい血色がなくなるリーブを見て、話題転換に失敗したと悟ったレイアは慌てて事の顛末を説明してリーブを安心させることにした。


「大丈夫、大丈夫。もう処刑課の人が刑を執行しちゃったって」


「そ、そうなんだ、よかったぁ」


ホッとするリーブを見てレイアも胸をなでおろした。


「でも最近多いわよね。イビル関連の事件」


「これで今月十件くらい」


「一日に一体ペースよね。いったいこの世界で何が起こってるのかしら」


窓の外を見ると雲一つない晴天だったはずの空にいつの間にか暗雲が……予報では雨は降らないらしいが、重たく分厚い雲が空を、世界を覆い始めていた。

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