第4話 きょうかい

セントラル中央にそびえ立つホワイトキャッスル。正義と秩序、そして潔白を象徴する純白の城近くに敷地全てを柵で覆った巨大建造物がある。


ホワイトキャッスルと違い、十字架を模した巨大な天秤を掲げるその建物の名は、

境会。


町中にありながら世俗と完全に隔絶されたその場所では日々、罪を犯した者たちへ神の裁き、神判が下されていた。


「ああ、シスター様。この愚かな私が犯した罪を、どうか、どうかお許しください」


神判を行う部屋の中央、床に書かれた六芒星マークの中で一人の男が修道服に身を包む小さい少女を前に手を組みひざまずいていた。まるで神に許しを願う敬虔な信徒のように。


「あなたの言葉きっと主に届いていることでしょう」


少女はひざまずき涙を流す男の前に立つと胸からかけた純白のロザリオを握りしめ、神への祈りを捧げた。審問の祈りである。


「聡明寛大な我らが主よ。どうかその全知なる力をもってこの者の罪を白日のもとへさらけ出し、願わくばその慈悲深い心でこの者の犯した罪をどうかお許しください」


少女の体を柔らかそうな光の粒子が包み込む。


「おおぉ」


光に包まれる少女。その神秘的な光景にひざまずいた男は感嘆の声を上げた。目の前にいる十五歳ばかりの少女、さきほどまではシスターのコスプレをした学生にしか見えなかった少女が神々しい光に包まれた今、少女はまさに神の代行、神の代弁者へと昇華しているのだ。


境会を神秘的に照らす光が次第に弱まり、少女の手に握った純白のロザリオがその色を変えていった。


血のようにおぞましい赤色に。


雪のように真っ白だったロザリオが少女の手の中で見るもおぞましい汚い赤色に染まっていく。まるで血を吸うコウモリのように変わっていくロザリオ。ついにはそのすべてを深い、乾いたマグマのような黒い赤色に変えた。


「な、そんな」


少女の握るロザリオを見て、男の目から光が消える。


「神判は下りました。主の言葉を代弁します」


少女は淡々と、その瞳の奥で揺れる心を押し殺すように抑揚のない声で男に告げた。


「有罪、懲役三十五年を言い渡します」


「さ、三十五年」


己に下された判決を聞き、男は視線を床に落とした。


「神の神判は下りました。主の寛大な心に感謝して自分の犯した罪を悔い改めてください。」


必死に抑えた少女の言葉も絶望の底へ沈んでしまった男には届かない。


ここは境会。処刑課の執行対象とならない罪人へ神判課に所属するシスターが神の代弁者となり裁きを与える神聖な場所である。


「……以上です。お下がりください」


一度下った裁きが撤回されることはない。シスターは判決の下された男に退出を促した。しかし、


「…………ふざけるな」


男の心が深い闇に染まる。


「ふざけるなぁあああああああああああ」


神の下した裁定に納得のいかない男は心から湧き上がる理不尽な怒りそのままに少女の肩をつかむと握りしめた拳を思いっきり振り上げた。


「や、やめてください」


男の暴走を止めようと必死で取り繕っていたシスターの皮を脱ぎ捨て、必死に叫んだ。


「うるせぇ」


しかし、男が止まることはなった。


男のこぶしが少女の幼くも美しい顔に傷をつける直前。


「っ」


男を光が照らした。


先ほど少女を照らした柔らかい光とは違う、見るものに戦慄を覚えさせるまばゆい滅亡の光。


「うわああああああああああああああああああああ」


男の全身が灼熱の光に溶かされ。跡形もなく蒸発していく。


「あああああああああ、ああ、あ、あ、あ………」


男は一分間ずっと悲痛な叫びを上げ続けた。


「…………どうかあの世であなたの罪が許されんことを」


滅亡の光が発動してしまった今、少女には願うことしかできない。シスターは神の代弁者であって、神ではない。神の決定を覆すことも、意見することもシスターには許されないのだ。


光が去った時、少女の目の前には何も残っていなかった。骨も肉も、血液さえも滅亡の光は消し去ってしまった。まるで、最初からそこには誰もいなかったように。


少女の握るロザリオはいつの間にか元の透き通るように美しい白色へと戻っていた。

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