第6話 狂宴

セントラル中央にあるホテルの最上階。豪華に装飾された室内に下卑た男たちの笑い声が響く。


「ぎゃははははは」


猿の宴会もかくやという状況。スーツとは程遠い粗末な格好をした男たちは用意されたルームサービスに舌鼓を打ちながら、どんちゃん騒ぎしていた。


男たちの食いカスやこぼしたワインで床に敷かれた高級絨毯がその価値を急降下させていた時、一人の、顎の長い男が立ちあがった。


「ようしお前ら、静かにしろ」


顎長男の声に騒いでいた野郎たちが静かになる。


「俺たちみたいなどうしようもねえゴミくずが今服を着ていられるのも、息をしていられるのも全部、我らが大恩人、ギルバート家の次男、いや次期ギルバート家当主ギルバート・ルベルオン様のおかげだ。みんなで感謝を込めて乾杯するぞ。ギルバート・ルべりオン様、ばんざいっ」


「「「「ばんざああああい」」」」」


顎長男の声に呼応して部屋中の全員が声を張り上げた。男たちの野太い声に部屋の壁が軋み音を上げる。


その光景を足の長い椅子に座る男は満足そうに見下ろしていた。


「うぉほほほほ、くるしゅうない、くるしゅうない。我の偉大さに感銘を受けるのは当然の事、その感動を存分にかみしめ今宵の宴を楽しむがよい」


男は満足そうに笑い、高そうなグラスを男たちに向かって掲げた。


「は、ははあ」


それに合わせて顎長男は恭しく頭を下げ、周りの男たちは野太い歓声を上げた。


全身をゴールドで着飾り、歯でさえもすべて金歯にしている絵にかいたような成金の男。この男こそ、国の未来を決め動かすことができる貴族の一つ、ギルバート家の次男、ギルバート・ルべリオンその人である。


「いやはや、我らの商売が成り立つのもひとえにギルバート・ルべリオン様のおかげでございます」


「うぉほほほ、そうだろう、そうだろう、もっと我をほめたたえよ」


ギルバートは上機嫌に顎長男が注いだ酒をあおる。見た目とは裏腹にそこまで酒に強くないギルバートの顔はすでに熟れすぎた果実のように赤くなっていた。


「ギルバート様が裏から手をまわしてくれるおかげで秩序課は我々に手出しできません。おかげで自由に闇取引ができて、利益もこんなに」


そう言うと顎長男は近くに立たせていた大男に持っていたアタッシュケースを開けさせ中に敷き詰めた大量の金貨をギルバートに見せた。


「うぉほっ、これはすごい金貨だな」


「これもすべてギルバート様のおかげでございます。ぜひ、お納めください」


「ほっほ、そうか、そうか、では遠慮なくいただくとしよう」


ギルバートは何のためらいもなくケースの中の金貨に手を伸ばすと零れ落ちる金貨に絵もくれずわしづかみにした金貨を次々と懐に納めていった。


「自分は手を汚さず、価値のないごろつきどもを使ってこれほどの利益を上げる。自分のあふれる才覚が恐ろしいわ。これだけの才覚あふれる我をギルバート家党首にしないとは、全く見る目のない奴らが多すぎて困るわい。お前もそう思うだろ」


突然話を振られた顎長男は慌ててギルバートの望む答えを答えた。


「は、ははあ、全く、ギルバート様のおっしゃる通りでございます。ギルバート・ルべリオン様をギルバート家次期党首に据えないなど愚行以外の何物でもありません」


「本当のそのとおりだ。貴族の家を告げるのは長男だけなどと、下らん習わしを未だに大事にしおって」


この世界では貴族の家を継げるのは長男のみで原則次男が家を継ぐことはできない。女は貴族同志のコネクションのため他の貴族の家に入り、長男以外の男は十五で本家から追い出され分家で暮らしていくのが古くからの習わしとなっている。


「だから我のような才能にあふれる黄金の卵が陽の目を浴びずに部屋の隅で埃を被るのだ」


本家に残る長男はそのまま貴族院に入り、毎日毎日この国の制度や抱えている問題を解決するための話し合いを議会で行う。貴族の家を継いだ長男にはこの国の未来と安寧を守るためのかじとりの役目が与えられるのだ。それに対し、分家に追いやられた次男たちには何の役職も役目も与えられることはない。国から与えられる莫大な支援金で毎日贅沢三昧である。


「多くの貴族たちが国から与えられる支援金で豪勢に肥え太る中、ギルバート様は我々のようなゴミを有効活用しようと尽力されている。ギルバート様の尊い行為に我々、あふれる涙を抑えきれません」


分家に入った貴族の多くは俗世にかかわらず生活をしている。莫大な支援金があるから、かかわる必要がないのだ。しかし、ギルバートは違った。分家に入った後も俗世に興味を持ちかかわり続けた。ある野望をかなえるために


「うぉほっほっ、当たり前だ。あんなはした金で我が満足するわけないであろう」


「はした金、ですか」


当然、家を継ぎ貴族院に入った長男よりは劣るが、それでも分家に入った貴族に与えられる支援金は通常一般庶民の給料十か月分以上はあるはずである。


それほどの大金をもってしてもギルバートの抱える肥えた自尊心を満足させるには至らなかった。


「我のよう才能も気品もある貴族にはもっとふさわしい地位と金が与えられてしかるべきなのだ。それをあの忌々しい風習のせいでぼんくらな兄の方が我より良い地位と金を得ているなど、不条理この上ない」


一般庶民が聞けば呆れを通りこして頭を押さえてしまいそうになるギルバートの話に顎長男は笑いかける膝を必死でかみ殺した。


「だが、その我慢もあと少しじゃ。あと少しで、我にふさわしい地位が転がり込んでくる。計画は順当に言っているのだろうな」


「は、はい。すべてはギルバート様の思いのままに」


顎長男の答えを聞き、ギルバートはニチャッといやらしい笑みを浮かべた。


「ふぉっほっほっ、そうかそうか、さすが我の考えた作戦だ。失敗などありえん」


「さすがですギルバート様」


「うぉっほっほっほっほっ」


上機嫌に大声で笑うギルバート。その姿を顎長男は引きつった笑顔で見ていた。


「……作戦って言っても秩序課の管理官何人かを買収して自分がしてきた悪事を兄貴に着せるだけなんだよな」


「何か言ったか」


「い、いえ何も」


「そうか、何か聞こえたのだがな」


ぼそっと呟いた愚痴を聞かれたと勘違いして焦った顎長男だったが、ギルバートが聞いたのは全く別のものだった。


「な、何もんだてめぇ……うわっ」


「と、止まれ、止まれって言ってんだろっ、うわあああああああ」


「誰か、助けてくれええええええええええええええええ」


「な、何事だ」


外から男たちの叫び声が聞こえた。この部屋の外はギルバートの雇った凄腕のボディガードが見張りをしているはず、だった


ドガァン


ドアを蹴破る音と共に現れたのは死神のような黒服を着た目つきの悪い黒髪の男だった。


「な、何者だ貴様」


突然の襲撃に声を荒げる顎長男。しかし、黒い死神は顎長男のことなど歯牙にもかけず、隣に座るギルバートの元へ静かに歩み寄っていった。


「ぬっ」


突然の事態に困惑するギルバート。驚いた拍子に椅子からずり落ちてしまった体を戻していると黒い死神がギルバートの前までやってきた。


「な、なにものじゃ、貴様っ。我はギルバート家次期当主ギルバート・ルべリオンじゃぞ」


叫ぶギルバートに一瞬冷めた視線を送った黒い死神はすぐに体の向きを変えた。


「お前がジャンギーだな」


そう言って死神が立ち止まったのは顎長男、の隣に立つ大男の目の前だった。


「…………」


名前を呼ばれてもなお沈黙を貫く大男に黒い死神は粛々と自分の名前と身分、ここへ来た目的を告げた。


「俺の名前はアクライ。処刑課所属の執行官だ」


「処刑課っ」


アクライの登場により静かになった室内が再びざわつき始める。


「ジャンギー、貴様の名前がこのインスクリプションに記されている。悪魔と契約したイビルとしてな」


そう言ってアクライは大男の目の前にインスクリプションを掲げた。


「っ……まずい」


室内のざわめきがさらに大きくなり、顎長男の額から汗が流れる。なぜなら、アクライが言っていることは事実であり、顎長男を含めこの中にいるものはギルバート以外全員その事実を知っているからだ。


「…………」


それでも大男は沈黙を貫き、静かに目を閉じた。まるでこれから起こる運命すべてを受け入れる準備をしているように。


「ぬ、どういうことじゃ。イビルじゃと、聞いておらぬぞ、おいっ」


一人状況を把握できていないギルバートが焦ったように声を荒げる。しかし、ギルバートに構う者は誰もいない。アクライは無駄とわかっていながらもいつもの定型文を大男に言った。


「一応聞いておくがもし申し開きがあるならおとなしく――」


目の前の大男のページ、ジャンギーの事が書いてあるページを開こうと一瞬アクライの意識がインスクリプションに映った瞬間、大男は閉じていた目をかっと見開き自分の屈強な腕をさらに巨大化させアクライに向けてたたきつけた。


「聞くわけないよな」


アクライは間一髪、床をけってその場を飛びのいた。数舜前までアクライが立っていた床が大男の拳で粉々になっている。


「じ、ジャンギーっ」


「こやつ、本当に」


室内を土ぼこりが舞い、視界が悪くなる。


「ジャンギー、家名はなし。三歳の頃仕事に失敗した親に口減らしとして捨てられる。その後、盗みで生計をたてるが十年前にイビルと契約してからは環境を一変させる。後に手に入れたイビルの力を使い手下を増やし人身売買集団、ヒューマン・マーケットを結成。裏の世界で人目置かれる集団となる……か」


「な、こやつがこの俗物どもの頭だとっ。どういうことじゃ、お主がこのゴミどものリーダーじゃなかったのか」


「いや、そ、それは……」


何も知らされていなかったギルバートが顎長男を問い詰める。それを見たジャンギーはわずらわしそうにギルバートの頭をわしづかみにすると躊躇する素振りもなく


グシャッ


ギルバートの頭を握りつぶした。卵でも割るかのように、いともたやすく。


「ひっ」


「これがこいつの能力の肥大化か」


ジャンギーの非道な行為にざわついてた室内を戦慄が走る。


全員が恐怖で身を固める中、全く飲み込まれていない男が二人。


「そいつは大事な商売相手じゃなかったのか」


「………………商売相手であるのは確かだが、大事な相手ってわけじゃねえよ。ただの隠れ蓑さ」


そういうとジャンギーは泥でも払うかのように手に付いたギルバートの血を床の高級絨毯でぬぐった。


「この世にてめぇより大事な相手なんているわけねぇだろ」


漆黒に染まった目がアクライを見る。アクライもまた、果てのない深い闇を凝視する。


「……同感だな」


なんの示し合わせもなく、二人は同時に動いた。アクライは背中に黒い球体を出現させるとそこから九つの黒い顎を顕現、一方ジャンギーは両腕を肥大化させアクライへ向けて突進を敢行した。


「行け」


アクライの号令と共に五つの顎がジャンギーに牙を向ける。それに対し、ジャンギーは肥大化させた腕で迫る五つのうち二つの腕を殴り、頭を潰した。


「ぐっ」


残る三つの顎がジャンギーの体に食らいつく。


「ぐぅう」


肩と足、食らいついた顎が高速で振りジャンギーの肉を嚙みちぎろうとする。激痛がジャンギーを襲い、アクライに迫るジャンギーの足が止まる


「ふんっ」


ことはなかった。


「何」


ジャンギーは顎が食らいついた部分の周りの肉を肥大化させ、嚙みちぎろうとする顎を肥大する肉厚で圧殺した。


「この程度の力で俺様に勝てると思うなよ。神の犬っころが」


「ちっ」


猛然とアクライに迫るジャンギー。


アクライは残る顎をジャンギーに向けて放った。しかし、二つの顎はジャンギーにたやすく頭を粉々にされてしまった。


「てめぇごときが俺様に勝てるわけねえだろ」


猛然とアクライに迫るジャンギーの首元に一つの顎が牙をむく。


「っ」


「いくら肥大化しても所詮は肉の鎧、一瞬で致命傷を与えればそれで終わりだ」


顎がジャンギーの首に食らいつく、瞬間食いつかれたジャンギーの周りの肉が肥大化して顎を圧殺しようする、が……


「ぐああああああああああ」


顎が圧殺される瞬間、ジャンギーの首から大量の血があふれ出した。


「じゃ、ジャンギー」


顎長男が叫ぶも噴水のように噴き出す血は止まることはない。


「これで、終わりだな」


勝ちを確信してジャンギーに近づくアクライ。しかし、


「っ、なに」


アクライが近づいた瞬間ジャンギーは首回りの肉を肥大化させあふれる血液の噴出を止めた。


「…………ぐ、ぐは、ぐはは、ぐはははははははははは」


勝ちを確信し笑うジャンギー。


「それだけの出血でなぜ動ける……っ」


呆気にとられるアクライ。だが、すぐにジャンギーの胸の肉が心臓のように拍動していることに気づいた。


「ちっ、胸の肉を肥大化させすぐに解除。それを繰り返して疑似的な心臓マッサージをしてるわけか」


頸動脈を切られれば脳へ血液が供給されなくなり、たちまち死に至る。だが、ジャンギーは首周りの肉を肥大化させ止血、血液の流出を止めるとともに疑似的心臓マッサージで脳への血液供給を確保しているのだ。


「これで終わりだ、執行官」


アクライを潰すため、ジャンギーは肥大化させた拳を振り上げる。肥大化した拳は直径三メートルを超える大岩と変わらず、直撃されればいくらアクライといえど、死ぬ。


「ちっ…………」


「死ねええええええええええ」


振り下ろされた拳がアクライをとらえる瞬間、


「食らいつけ」


残された一つの顎がジャンギーの影から飛び出した。


「っ」


慌てて影より出でた最後の顎を潰そうと手を伸ばすも、それより早く影より飛び出した顎が再びジャンギーの首に食らいついた。


さっきとは反対側の頸動脈を食い破るために。


「ぐああああああああああああ」


止血のため首の肉を肥大化させていたジャンギーだが、すべての肉を肥大化させてしまうと血管が圧迫され脳へ血液が送れなくなってしまう。故にジャンギーは顎に食いつかれた側とは逆の首は肥大化させることができなかった。そこをアクライの最後に残った顎が影の中を移動、背後から無防備になっている方の首に食らいつき、もう片方の頸動脈を食い破ったのだ。


「あああああああああああああああああああ」


静かな部屋にジャンギーの断末魔が響き渡る。首からあふれる血を止める術は、もうジャンギーにはない。


「あああ、ああ、あ…………」


断末魔を終えた時、再び室内が静寂に支配された。喉を枯らし倒れたジャンギーの顔からはすでに色がなくなっていた。


「ふん……あとは秩序課の仕事だな」


ジャンギーの死亡を確認すると、アクライは他のヒューマン・マーケットの構成員には目もくれずその場を後にした。


「俺たちこれからどうするんだよ」


「どうするってボスがあれじゃ」


「ち、秩序課だ。秩序課が来てるぞ」


「ま、まじかよ」


「逃げるぞおおおおおお」


残されたヒューマン・マーケット構成員たちが慌てふためき室内を駆けずり回る中、顎長男だけが一人、今もう抜け殻となってしまったそれに近づいた。


「ジャンギー……」


秩序課がこの一室に押し寄せるまでずっと顎長男はその巨体を見下ろし続けた。床に横たわる亡骸は顎長男が見続けていた巨体より少ししぼんでいるように見えた。

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