第2話 処刑課

人波がまばらな閑静な交差点。そこでアクライは眠そうに目じりをこすりながら信号の色


が変わるのを待ってた。




アクライがいるのはこの世界の中心、セントラル中央である。セントラル中央はこの世界


の中心であり頭脳、重要施設や大企業の本社が乱立している。そのせいでセントラル中央


はこの世界で一番発展しているにも関わらずにいざこざが絶えないのだ。




アクライが信号を待っているこの短い間でさえも……




「きゃあああああ」




セントラルに響く女性の悲鳴。




「こんな朝早くから、騒がしい奴らだ。もう少し静かにできないのか」




それを聞いたアクライは煩わしいそうに顔をゆがめた。




朝早くと言ってもすでに十時近くになるのだが、アクライにとってはベッドから起きて一


時間以内ならそれが何時であっても朝早くなのだ。たとえそれが三時でも、夜中の二時で


も。




「ひったくりよおおおおお、捕まえてええええええ」




それほど早くも遅くもないぎりぎり朝と呼ばれる時間にひったくり事件が発生。交差点の


信号が変わる瞬間を狙い十代の少年が女性のハンドバックをひったくったのだ。




「どけぇぇぇぇぇぇぇぇ」




女性もののハンドバックを抱えた少年がアクライのいる方へ横断歩道を走ってきた。




「…………」




少年の手にはひったくったハンドバックしかなく凶器と思わしきものを隠し持っている様


子もない。ただ怒声をあげているだけの勢いしかないひったくり犯をアクライは




「えっ」




ヒョイッと体をそらし逃げ道を作ることでアクライはひったくり犯を逃した。




その光景にバッグをひったくられた女から思わず間抜けな声が漏れた。女はアクライが処


刑化の執行官とは知らない。それでもあまりにもさらっとひったくり犯を避けたアクライ


に思わず失望の視線を送らずにはいられなかった。




しかし、アクライはそんなことを気にかけることなく何義ともなかったように目的地に向


かって横断歩道を渡った。











セントラル中央にはひときわ大きな城は二つそびえ建っている。


一つはセントラル中央中心部に建つこの世界を統べる国王の住まいセントラル宮殿。


そしてもう一つが中心部より少し離れた場所にある十字架を模したような巨大な剣を掲げ


る純白の城。正義と秩序、そして潔白を表す穢れなきこの純白の城こそこの世界の平和と


秩序の象徴たるホワイトキャッスルである。




その純白の城に漆黒の服を纏った目つきの悪い男が足を踏み入れた。




「黒い制服っ」「処刑課だ」「ちっ、朝から死神に遭うなんてついてねえぜ」「あぁあ、今日


は何かよくない日になりそうだな」




明らかにアクライが入った瞬間、城内部の雰囲気が悪くなったのだがアクライにとっては


どうでもいいことだった。




アクライは昨日執行した刑の報告のため他のものには一瞥もくれず真っすぐに地下行きの


エレベーターがある一階奥へ向かった。




ホワイトキャッスルには地下があり、処刑課執行官本部はその地下一階に設けられている


のだ。




地下へ行けるエレベーターは一階の奥にある一台しかなく、一階と地下しか往復できない。




そのためエレベーターのボタンもたった一つ、地下へ降りるボタン、それのみである。ちなみに地下には一階ではなく地上と書かれたボタンが一つ備え付けらえている。




アクライが地下と書かれたボタンを押すとすぐにチンッというベル音と共に一応防弾仕様


となっている鉄の扉が開いた。




扉が開くと中には先客がいた。黄ばんだ髪をした、これまたアクライと同じ目つきの悪い


青年である。




黄ばんだ髪の青年は扉の先にいるアクライを見た瞬間、絶妙に触感の悪いグミを食べてい


る時のように顔をしかめさせ盛大に舌打ちした。




「けっ、朝から辛気くせぇ顔を見ちまったぜ」




牙のように尖った歯が特徴的なアクライと同じ年頃の青年は開口一番アクライへ毒を吐く


とそのまま敵対心むき出しにアクライを睨みつけた。




今にも殴り掛かってきそうな青年を前にアクライは、




「…………」




何も言わずそのままエレベーターに乗ってしまった。




「て、てめえ」




アクライの行動に激昂した青年は勢いよくアクライの胸ぐらをつかむと凶暴な牙をむき出


しにした。肉食獣を思わせるどう猛な目つきで自分を睨んでくる青年の手をアクライはつ


まらなそうに払うと何もなかったように乱れた襟をそそくさと直し始めた。




「相変わらずだな、ジャック。元気そうで……何より残念だよ」




「ああんっ」




アクライの呼吸するかのような自然な挑発にジャックと呼ばれた青年は再び胸ぐらに掴


みかかろうとした。




しかし、アクライはそれをひらりとかわした。乱れていた襟は既に整えられていた。




「お前はもう報告し終わったんだろう。だったらさっさと執行しに行ったらどうだ。インス


クリプションにはまだまだ多くの執行対象者が記されているぞ。」




「ちっ、わあったよ」




アクライの心にもない正論にジャックは盛大な舌打ちをすると、そのままエ


レベーターを降りた




「俺より執行数がほんのちょっと多いからって調子乗んじゃねえぞ」




その言葉を残し、ジャックはアクライの前から去っていった。


去りゆくジャックの背中を見届けることなくアクライはすぐさまボタンを押し地下へ向かった。




ボタンを押すとすぐに扉は締まり、機械の駆動音がエレベーター内に響き渡った。粗雑な駆動音が響くこと数秒、駆動音が止むと同時にベル音が鳴り、扉が開いた。




扉の先に広がってたのはまっすぐに伸びた薄暗い通路だった。




「……」




オレンジ色の照明が照らす寂しい通路を歩いていくと先に黒塗りされた簡素な扉があった。




その扉の前まで歩いて行ったアクライは無造作にその扉をノックした。




「入れ」




扉の向こうから温度を感じさせない無機質な言葉が発せられた。




アクライはその温度のない言葉に従い扉を開けた。。




「アクライか」




室内では眼鏡をかけた精悍な顔の男が額にしわを寄せ書類に目を通していた。




アクライは男の問いに答えることなく、そのまま部屋の中へ足を踏み入れた。




アクライが入ったのはホワイトキャッスル地下にある処刑課本部の課長室。アクライの目


の前にいるいかにも公務員という風体の男は処刑課を統べるカース課長である。




見た目は若く二十代の青年に見えなくもないが実際の年齢は四十を超えており処刑課歴代


トップの執行数を誇っている生ける伝説の執行官である。




若く見える見た目とは裏腹に対峙する者にすごみを感じさせる風格ある上司を前にしてア


クライは、




「昨日執行した刑の詳細を報告しに来た」




特に態度を改めることはなかった。




「わかった、インスクリプションを見せてくれ」




「ほら」




アクライの不遜と見えなくもない態度を気に留めることなくカースはアクライが差し出し


たインスクリプションをめくり、昨日アクライが刑を執行した男、ダリオのページをじっ


くり検分した。




インスクリプションは執行対象となった者の名前や顔、身体的特徴から出身地、経歴など


が自動的に記載される大判の本で処刑課のすべての執行官が携帯している。




「ふむ、元々はただのこそ泥だったが盗みの最中に戻ってきた住人に見つかり焦って殺害。


今までの窃盗の分も合わせて累計懲役年数が百年を超えたわけか」




累計懲役年数。それはその人が今までに犯してきた犯罪に対する懲役年数をすべて足し合


わせたものである。




処刑課に所属する執行官はみな執行対象に対し独断で刑を執行、処刑することができる権


利を持つのだが、当然道端にごみをポイ捨てしたぐらいでは執行対象とはならない。




「つまらん事件だ」




執行対象となる条件はすべてで三つ。その一つが累計懲役年数が百年を超えること。つまりただ人一人を殺したぐらいでは執行対象となることはないのだ。ダリオの場合は長年積み重ねた窃盗の罪が殺人に加算されてしまい執行対象になってしまったのだ。




二つ目は執行官の執行を邪魔したもの。これはかなり表現が曖昧なグレーゾーンで、執行


数の多いアクライでもこれに抵触して刑を執行した者は一人もいない。




今日こんにちまで執行対象と言えば専ら一つ目の累積懲役年数が百年を超えた者なの


だが、ここ最近増えてきているのが執行対象とみなされる三つ目の条件。




「……確かにつまらん事件だな。てっきりここ最近増えてきているイビル関係の事件かと思った


んだが」




「ああ、俺もそれを期待したんだがな。ただの百年越えだった」




イビル。執行対象となる三つ目の条件であり、最重要執行対象である。




その正体は……




悪魔と契約を交わした人間の総称である。




「まあ、インスクリプションに記載されたばかりの犯罪者に即刑を執行したのだ。我らが神


も喜んでくださってるだろう」




一昔前の世界では神などという抽象的存在を信じるなど馬鹿馬鹿しいという風潮だったが、


現代でそんな間の抜けたことをいう者は誰もいない。なぜなら現代において人間に裁きを


与えているのは紛れもなく神であり、アクライたち執行官が凶悪な犯罪者たちから


世界の秩序と平和を守っていけるのは神から与えられた特別な力があるからだ。




それがなければ、とてもではないが悪魔と契約した人間たちから世界を守ることなどできない。




なぜなら、悪魔と契約した人間は悪魔から欲望を満たすための魔の力が与えられる。それは人間程度の身ではどうしようもできないほど超常的な力、理性と引き換えに得るまさに魔性の力である。




「最近インスクリプションに記される執行対象者の数が急激に増加している。しかもその


大半がイビルだ」




「…………悪魔に心を許す弱い人間が増えてきているとは。この国の行く末もたかがしれ


ているな」




「悪魔は人の心にできた隙間から甘言で惑わし契約させるという。それだけみんな今のこ


の社会に不安を覚えているということだ」




悪魔は心に隙間がある者、満たされず揺れ動く者を好んで接触する。より強い欲望を持つ


者を求めているのだ。




「社会が一向に良くならないのは俺たちのせいじゃなく、無能な貴族たちのせいだがな」




「確かにお前の言う通りだ」




アクライの言葉にカースは硬くなっている頬を緩めた。




「だが、我ら執行官の活躍がみなの不安を拭い悪魔のつけこむ隙を未然に作らせないこと


につながっているのも事実だ」




「…………」




「これからも君の活躍に期待している。下がっていいぞ」




カースの言葉を聞いたアクライは何も言わず部屋を出た。




その後アクライはどこにもよることなく真っ直ぐホワイトキャッスルを後にした。




執行官とはただの公務員ではない。処刑課に所属する神官(神に選ばれたもの)を総じて執


行官と呼ぶのである。その使命は神に代わり、剣を振るうこと。悪に身をやつした者たち


に死という名の罰を与え、悪に染まった心に救済を与えることである。


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