第33話

咲の顔は涙と鼻水でグチャグチャにぬれている。



死ぬ間際の恐怖を全身で感じているのがわかった。



あたしはスカートからスマホを取り出して、そんな咲の動画を撮影しはじめた。



「な、なにを……」



「美緒の仕返し」



美緒は恥ずかしい姿を咲たちに撮影された。



それならあたしは、それよりももっと残酷な姿を撮影する。



美緒があたしのために復讐してくれたように、あたしも美緒のために復讐をする。



「そ、そんなことしてないで助けてよ!」



咲が懸命に手を伸ばしてくるが、あたしはその手を掴まなかった。



スマホの画面の中で咲が暴れているのがわかる。



そして……。



「バイバイ」



美緒がそう言った次の瞬間、咲の体は空中へ投げ出された。



大きく見開かれる目。



それがあっという間に遠ざかり、ドシャッ! という音がして咲の体は地面に叩きつけられた。



灰色のコンクリートはジワジワと赤色に染まっていき、あたしはようやくスマホを下ろした。



ここにいたら怪しまれてしまう。



そう思って美緒へ手を伸ばしたときだった。



あたしの手は美緒の体をすり抜けてしまったのだ。



あたしは驚いて自分の手を見つめる。



「ごめんねナナ。あたしの体はもう使い物にならなくなったの」



「え?」



使い物にならなくなったって、どういうことだろう?



美緒は今ここにいるのに。



「ここにいるあたしは魂だけ」



あたしの疑問を掬い取るように美緒が説明した。



「魂だけ?」



「うん。体はあの廃墟においてきたから、きっとすぐに見つかると思う」



そう言う美緒の体が少し透けていることに気がついた。



「美緒はこれからどうするの? まだ、一緒にいられるんだよね?」



すがるように聞くと、美緒は悲しそうな表情を浮かべた。



「あたしの役目はもう終わったよ。3人がいなくなって、ナナの願いは叶ったでしょう?」



「そ、そんなことない! まだだよ。まだ叶ってない! だってあたし、美緒がいないと幸せになんてなれないんだから!」



叫びながら必死美緒の体に触れようとする。



けれど、やっぱり触れることはできなかった。



肉体がある時に感じていた腐敗臭も、今は感じられない。



「ナナには沢山の友達がいるから、大丈夫だよ」



そんな……。



「でも、あたしは美緒がいいの!」



あたしは必死で言葉を探す。



美緒を引き止めるための言葉を。



「心配しないでナナ。あたしはいつでもナナを見てる。ナナが不幸になりそうなときには絶対に助けに来る。だってあたしは、絶対様なんだから」



ナナの体が消えていく。



どんどん色が薄くなって、後ろの廊下が見え始めていた。



「いやだよ美緒、行かないで!」



すがりつくと、美緒があたしの体を抱きしめ返してくれた。



感覚はない。



だけどぬくもりに包まれていることがはっきりとわかって、息を飲んだ。



同時にこれで本当に最後なのだとわかった。



これ以上美緒と一緒にいることはできない。



本当のお別れなのだと……。



「ありがとう美緒。大好き」



最後は笑顔でいたくて、あたしは無理矢理微笑んだ。



あたしから身を離した美緒も、同じように微笑む。



そして次の瞬間美緒は金色の光に包まれて、消えていってしまったのだった……。

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