第32話
「じゃあ聞くけど、あんたたちの願いはなんだった?」
あたしは手を下ろし、静かな声でそう質問をした。
咲が眉を寄せる。
「咲は大崎くんとの恋愛。真里菜はお金。光は美肌。でもあたしは違う」
あたしはジッと咲を見つめた。
咲がたじろぐのがわかった。
「あたしは、幸せであることを願った」
「それがなに!?」
「あたしが幸せになるためにはまず、なにが必要だったと思う?」
「知らないわよそんなの!」
もったいつけているせいか咲の頬が怒りで染まっていくのがわかった。
目は釣りあがり、まるで本物の鬼のように見えてくる。
「知らないわけがないでしょう? あたしをイジメて、あたしの平和な日常を奪っていたくせに!」
つい、声が大きくなってしまって、口を閉じる。
咲が目を見開いてあたしを見た。
「あたしが幸せになるためには、あんたたちが消えることが必須だった。絶対様は、それを実行してくれているだけだよ」
「そんな……」
咲が大きく口を開けた状態で棒立ちになった。
よほど驚いているのだろう。
「あたしの願いをかなえるために、絶対様はあんたたちの願いを全部捨てた。その上であんたたちを苦しめてくれた!」
「そんなの嘘! 絶対様が人を苦しめるなんてそんなことあるはずない!」
「どうしてそう言いきれるの? 絶対様はどんな願いでも聞いてくれるんだよね? それなら、誰かを殺してほしいと願っても、それを叶えてくれる神様なんだよね?」
あたしの言葉に咲は押し黙ってしまった。
ようやく、自分たちが作り出したものが神様とは程遠い存在であることに気がついたみたいだ。
「それに、あんたたちは絶対様を作るときに美緒を選んだ。美緒はあたしの味方なのに」
「それと、どう関係があるの?」
「そっか、都市伝説のサイトには絶対様が作られた後のことについては、なにも書かれていなかったんだっけ?」
「なにそれ。どういうこと?」
咲の表情がこわばっていく。
あたしが何を知っているのか、それを恐れているように見えた。
咲のこんな顔二度と見ることができないかもしれない。
あたしはマジマジと咲の顔を見つめた。
おもしろくて、思わず噴出してしまった。
「ちょっと。早く教えてよ!」
咲があたしの体を両手で押した。
あたしは壁に手を突いて体のバランスを整える。
そして咲をにらみつけた。
今のあたしは咲と対等だ。
いや、もしかしたらあたしのほうが上かもしれない。
なにせクラスメートも絶対様も、あたしに味方をしてくれているんだから。
絶対様について説明しようとしたとき、不意に咲が悲鳴を上げて後ずさりをした。
その視線はあたしの後方へ向けられている。
あたしは怪訝におもいながら振り向いた。
「美緒!」
そこに立っていたのは美緒だったのだ。
今の間に現れたみたいだ。
「な、なんでここにいるの!?」
咲は小刻みに震え始めて、その場にへたり込んでしまった。
腰がぬけたんだろう。
「絶対様は人間じゃないから、どこへでも行けるよ」
あたしは咲に説明して、渡り廊下の端に設置されている自販機に向かった。
ここに水が売ってあってよかった。
ペットボトルの水を購入したあたしはすぐに美緒の前まで戻ってきた。
灰色の目はうつろで、どこも見ていない。
「見てて。絶対様に水をあげると、美緒が出てきてくれるから」
咲へ向けてそう言い、あたしはなれた手つきで美緒に水を飲ませた。
ゴクリと水を飲む音に咲が悲鳴を上げる。
途端に美緒の濁った目に光が戻り、焦点が合うのがわかるのだ。
「嘘、なにこれ」
咲は混乱してこの場から逃げ出そうとする。
しかし足首の骨折と、腰が抜けていることで、動くことすらままならない。
そんな咲に美緒がゆっくりと近づいて行った。
「久しぶりだね、咲」
美緒に顔を近づけられて、咲の目に涙が浮かんだ。
「み、美緒、あんた……」
「あたしは絶対様にさせられた。無理矢理呼び出されて、リンチされて、殺された」
美緒は低く、うなるような声を出す。
「ち、違うの。そんなつもりじゃなかったの」
咲はブンブンと左右に首をふるけれど、5時間もかけてリンチしたことは事実だ。
なにを言っても言い訳にもならない。
「あたしはナナからの願いを叶えるために、お前らを殺す。お前らが消えれば、ナナは幸せになれるから」
「美緒……」
思わず、小さく呟いた。
人間でなくなってしまってもまだあたしのことを気にかけてくれる美緒。
クラスで一番小さな美緒は、いつでも体を張ってあたしを守ってくれていた。
「い、いや……っ!」
咲が勢いをつけて立ち上がる。
そのまま逃げ出そうとしたが、美緒が手を伸ばしただけで引き戻されてしまった。
美緒は咲に少しも触れていない。
見えない力が働いているのだ。
咲の体はそのまま空いている窓へと押し付けられた。
上半身が外側にそる。
「やめて! あ、あたしが悪かった! 全部謝るから、だから殺さないで!」
咲が絶叫を上げる。
しかし不思議なことにどこの教室からも、誰かが出てくる気配は感じられなかった。
まるでここだけ別世界になってしまったかのようだ。
「お前が死ねば、すべて終わる」
美緒は感情のない表情で咲を見つめる。
咲の体はジリジリと窓の外へと押し出されていき、すでに床から両足が浮いている状態だった。
あたしは隣の窓から顔をのぞかせて、咲を見た。
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