第29話
☆☆☆
美緒の弱みはなんだったのか?
それを咲たちに聞くのを忘れてしまっていた。
トイレに入って一度冷静になり、咲に連絡を取ってみよう。
そう思って教室から一番近いトイレに駆け込んだとき、目の前に光が立っていて驚いた。
「光、なにしてんの?」
聞きながら近づくと、光の手にカッターナイフが握られているのがわかった。
まさか、またニキビを切り取るつもりだろうか?
まぁいい。
ここに光がいたなら好都合だ。
「ねぇ、美緒の弱みを握ってたんでしょう? それってなんだったの?」
「弱み?」
一瞬こちらを見た光の目はどこかうつろだった。
次々と生まれてくるニキビに、光の精神は追い詰められている。
「そうだよ。弱みを握られていたから、美緒は大人しくあの廃墟に来たんだよね?」
質問するあたしの前で、光は制服を脱ぎ始めた。
あたしは後ずさりをしてその様子を見つめる。
光がブラウスを脱いだとき、あたしはまた悲鳴を上げそうになってしまった。
光の体には無数のニキビができていたのだ。
「これ見てよ。授業中になんだか痛いなぁと思ったら、できてたの」
そう言いながら光は下着姿になった。
腕にも腹にも足にも、数え切れないくらいのニキビが出現している。
小さなブツブツの集合体に気持ち悪さを覚えるくらいだ。
「下着の中もね……」
「もう、いいから!」
あたしは慌てて光を止めた。
下着の中すらも、ニキビで溢れているのだろう。
これじゃ椅子に座っていることもつらかったと思う。
「それより、美緒の弱みだよ」
そう言うと光はこちらを見た。
「あの日、体育館倉庫で美緒の写真を撮ったの。ちょうど、こんな感じの写真だった」
光は自分の体を見下ろして言った。
下着姿。
ということなんだろう。
あたしは下唇をかみ締めた。
あの日美緒は真っ青になって体育館倉庫から出てきた。
あたしが送ったメッセージに返事も既読もつかなかった。
その時の美緒はどんな気持ちでいたのか、想像するだけで胸が張り裂けてしまいそうだった。
「その写真、誰が持ってるの?」
「咲。でも、もう消したんだよ」
「嘘言わないで!」
「本当だよ。さすがにあの写真を撮ったってバレたらヤバイから、美緒を廃墟に呼び出してから消した」
光は嘘をついているようには見えなかった。
あたしは膝から崩れ落ちてしまいそうになるのを、どうにか耐えた。
そして目の前にいる光へ憎しみの視線を向ける。
こんな卑劣なやつら、死んでもかまわない。
本気でそう思った。
光は自分の体を見つめて、カッターナイフの刃を出した。
カチカチカチッという音がトイレ内に響く。
「ニキビの根っこって根深いんだって。思っているよりももっと深く切り取らないと、治らないかもよ」
あたしの言葉に一瞬光は動揺を見せた。
しかし、すぐにうなづき、自分の腹部にカッターナイフを押し当てる。
その刃先がズブリと皮膚に食い込んでいくのを見た。
「ああああああああ!」
光は叫び声を上げて、自分の腹部を切り裂いたのだった。
☆☆☆
この日も、授業ところではなくなっていた。
光がトイレで自分の腹部を切り裂き、内臓をぶちまけて死んでいたのだから仕方ないことだった。
光が死んだことで真里菜は発狂していたが、あたしはそれを見てもなにも思わなかった。
こいつらは美緒を殺したんだ。
死んで当然のやつらなんだ。
そう思う心は、ひどく冷えていた。
「あたし、早退する」
光が救急搬送された後、真っ青になった真里菜がカバンを持って教室から駆け出した。
咲も光もいなくなって、途端に心細くなったのかもしれない。
それならあたしが一緒にいてあげよう。
そう思い、あたしも同じようにカバンを掴んで教室を出た。
光の騒ぎのせいで廊下は混雑していて、生徒が2人学校を抜け出したところで誰も気がつかなかった。
校舎から出た真里菜は不意に歩調を緩めて周囲を警戒しはじめた。
自分のストーカーがいないか確認しているみたいだ。
でも今は昼間だ。
周囲に行きかう人の気配はほとんどない。
時々年配の人が犬をつれて散歩をしているくらいなものだった。
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