第28話

悲鳴のような声を張り上げてカッターナイフを強く握り締める。



あたしは怪我をしないよう数歩後ずさりをして光の様子を見守った。



ヒカリは刃を出したカッターをゆっくりと自分の顔に近づけていく。



その刃は蛍光灯のヒカリに照らされてギラギラと光っていく。



やがて、刃先が光の頬にぶつかった。



そこから更に力をこめると、ブツッという小さな音がして、光の頬からうみの混ざった血が流れ出した。



光は一瞬顔をしかめたが、ニキビがひとつつぶれたことで満足そうな笑みを浮かべた。



「ふふっ……ニキビがひとつなくなった」



後はもう、ほっておいても勝手にやるだろう。



ホームルームが終わるチャイムの音を聞き、あたしはトイレを出たのだった。


☆☆☆


残念ながら、今日は咲は学校を休んでいた。



まだ治っていない足首を更に怪我したから、安静にしているのだろう。



真里菜は教室内にいるにも関わらずビクビクしていて、常に周囲を気にしている。



見知らぬ男に骨折させられ、挙句捕まっていないのだから当然だった。



「ナナちゃん、今日は来るの遅かったねぇ」



「ちょっと寝坊しちゃった」



クラスメートたちと他愛のない会話をしていると、途端に教室内がざわめいた。



視線を向けて見ると、そこには光が立っていた。



手にはあたしのカッターナイフが握られたままだ。



だけど異様なのはそこではなく、マスクに赤い血が染み付いていたからだった。



ろくに止血もせずに教室に入ってきたみたいだ。



「光!?」



さすがに驚いたのか、真里菜が光に駆け寄った。



「どうしたのそれ、怪我?」



「ううんニキビ。でも大丈夫だよ、ニキビを退治する方法がわかったから」



そう言ってカッターナイフを真里菜へ見せている。



真里菜はサッと青ざめる。



友人がなにをしたのか瞬時に理解したようだ。



「なんでそんなことするの? 血だらけじゃん!」



「え?」



光はなぜ真里菜が起こっているのか理解できないみたいで、首をかしげている。



「保健室に行くよ! 消毒してもらわないと」



「嫌だ、行かない!」



「どうして?」



「消毒液は、ニキビができるから」



そう言う光の表情は真剣そのものだった。



冗談を言っているようには聞こえない。



「なにそれ。消毒でニキビなんてできるわけないでしょう?」



「できたんだよ! 昨日。ニキビを消すために消毒液で顔を洗ったんだから!」



光はそういって真里菜を突き飛ばした。



真里菜は骨折した腕を壁にぶつけ、うめき声を上げてうずくまってしまった。



しかし光はそんなこと見えていないかのように「ニキビができるからダメ。ニキビができるからダメ」と、呟いている。



「光……」



真里菜は痛みに顔をしかめながらも、悲しそうな表情で光を見つめたのだった。


☆☆☆


本当に肌荒れに悩んでいる人はどんなことでもやってみるものだ。



まさか光が自宅で消毒液で洗顔していたとは思ってもいなかった。



そんなことをしていいわけがない。



それが肌荒れを悪化させる原因になっていても、おかしくなかった。



「なんかさ、最近咲たちの周りでばかり変なことが起こるよね」



昼休憩中、あたしは3人の友人たちとお弁当を囲んでいた。



こんな景色を見ることができるなんて、思ってもいなかった。



「そうだよね。でも、自業自得って感じだよね」



1人が共感しながらも小声で言って、笑う。



それにつられるようにして3人の間で笑いが起こった。



日ごろの行いが悪かったせいで、咲たちに同情する声はほとんど聞こえてこない。



むしろ、面倒なことに巻き込まれないように遠ざけているようにも見える。



「ナナちゃんはどう思う?」



不意に話題を振られて、むせてしまいそうになった。



「あたしは、別に……」



今咲たちに起こっている出来事が絶対様のせいだとわかっているから、余計なことは言えなかった。



つい口をすべらせてしまう可能性もあるから。



「イジメられていたのはナナちゃんなんだから、言ってやればいいのに」



クラスメートたちは不服そうに唇を尖らせる。



あたしはそれに対して苦笑いを浮かべておいた。



「それにしても美緒ちゃんはどこに言ったんだろうね」



この話の流れなら美緒の名前が出るかもしれないと思っていた。



あたしはおかずをゴクリと飲み込んで、クラスメートたちの顔を見た。



みんな不安そうな表情を浮かべている。



「いきなり行方不明になったんだよね?」



「もしかして、イジメが原因?」



その言葉にドキリと心臓が大きく跳ねた。



美緒が廃墟に来たときのことを思い出す。



美緒は咲たちになにか弱みを握られて、そのせいであそこに来るしかなかったんだ。



「ごめん、ちょっとトイレ」



あたしは小さな声でそう言うと、席を立ったのだった。

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