第27話
美緒の姿は見えなくても3人に降りかかる不幸な出来事を見ていると、美緒がそこにいてくれているような感覚になる。
あたしはその日、ゆっくりと眠りにつくことができたのだった。
「ちょっとナナ、いつまで寝てるの?」
そんな声で目を覚ましてビックリした。
時計の針はすでに登校時間を指している。
こんなにゆっくりと眠ったのは久しぶりのことで慌ててベッドから降りると着替えをした。
顔を洗って髪の毛を整えていると、もうご飯を食べる暇なんてなかった。
まるで少女マンガみたいに食パンをくわえて家を出る。
リビングから「気をつけていきなさいよ」と声が聞こえてきたけれど、返事をしている余裕もなかった。
バタバタと家を出て学校へ向かう途中、同じ制服姿の女子生徒がゆっくりと歩いているのが見えた。
そんなにのんびりしていたら遅刻してしまうのに。
そう思い、追い越すときに何気なく振り向いた。
「あ、光?」
マスクをつけたその子は光で、あたしは歩調を緩めていた。
「あぁ……」
光があたしに気がついてもけだるそうにそう呟くだけだった。
「遅刻するよ?」
そう声をかけても反応しない。
「ねぇ、聞いてる?」
光の腕を掴んだとき、にらまれてしまった。
仕方なく腕を離して隣を歩くことにする。
以前ならこうして光と2人で学校へ行くなんて考えたこともなかった。
咲や真里菜や光の姿を外で見かけると、まるで泥棒のように身を潜めていたのだ。
「遅刻するんだから、早く行けば?」
「光は遅刻してもいいの?」
「別に」
光はそれだけ言うとそっぽを向いてしまった。
今日はやけに機嫌が悪いみたいだ。
光なんてほっといて先に行ってしまおうか。
そう思ったときだった。
見えてきた校舎からホームルームを開始するチャイムが聞こえてきたのだ。
まだ校門近くにいた生徒たちが、慌てて校舎へ駆け込んでいく。
これは完全に遅刻だ。
「もしかして、またニキビが悪化したの?」
隣の光を見てあたしはあてずっぽうを言った。
しかしそれは図星だったようで、光はビクリと体を震わせる。
「朝起きたら……顔中にできてた」
確かに、マスクで隠れない部分にも沢山のニキビがあるのがわかる。
どうにか隠そうとしたようで、ファンデーションもいつもより厚塗りになっている。
「ねぇ、どうすればいい? こんな顔じゃ教室に入れないよ!」
途端に光があたしの両腕を掴んでそう聞いてきた。
その必死さに目を見張る。
あたしにそんな相談をしてくるなんて、光は半分パニック状態なのかもしれない。
「とにかく、どんな状態なのか見せてよ」
あたしはそう答えて、光と二人へ校舎へと向かったのだった。
ホームルームが始まっている廊下は誰の姿もなかったが、光は逃げるように女子トイレへと駆け込んだ。
よほど今の姿を見られたくないんだろう。
鏡の前に立ち、そっとマスクを外す。
その下の顔を見た瞬間あたしは悲鳴をあげそうになってしまった。
そのくらい光の顔の下半分はひどいことになっていた。
ずっとマスクで蒸れている状態だから、余計に悪いんだと思う。
ブツブツとしたニキビが密集し、その先端は赤く腫れている。
中には黄色いウミが出てきているものもあった。
もしも自分がこんな顔になったら?
そう考えただけで死にたくなった。
きっと光も同じような気持ちになっているのだろう。
「これ、どうすれば治ると思う?」
質問されても咄嗟には答えられなかった。
薬で悪化したと言っていたし、清潔を保つことはすでにしているだろうし。
となると、次に何をすればいいのか検討もつかなかった。
だけど、あたしはゴクリと唾を飲み込んでカバンからペンケースを取り出した。
その中から小型のカッターナイフを取り出して光に手渡す。
「なにこれ?」
「……それを使って、ひとつずつ切り取ればいいよ」
「え?」
光はカッターナイフに視線を落とす。
「切り取れば、なくなる。そんなの当たり前だよね?」
自分の声が震えないようにするのに精一杯だった。
こんないい分を光がきくとは思えない。
でも、それは普段の光なら、の話だ。
今の光は半分パニック状態にある。
その上、とにかく顔のニキビをどうにかしたいと願っている。
今なら、光を誘導することは簡単だった。
「ほら、早くしないとまた新しいニキビができちゃうよ?」
そう言うと、光はビクリと体を振るわせた。
そして、鏡の中の自分の顔を確認する。
「醜い顔。こんな顔、あたしの顔じゃない!」
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