第18話

あたしは慌てて美緒に駆け寄る。



「美緒、大丈夫!?」



咲に殴られた頬がベッコリとへこんでしまっている。



横倒しになったことで口からドロリとした血の混じった液体が出てきた。



あたしは美緒の体をどうにか起こして、壁に寄りかからせて座らせた。



咲はそんな美緒の胸倉を掴んで無理矢理立たせようとした。



あたしは咲の腕にしがみついてそれを阻止する。



「もうやめて! 美緒はもう死んでるんだから!」



叫び声を上げると咲は動きを止めた。



そして軽く舌打ちをすると、大またでリビングを出て行く。



真里菜と光もすぐにその後を追いかけてリビングを出た。



あたしは殴られた美緒の頬をゆっくりとなでた。



そしてかすれた声で「ごめんね」と、呟いたのだった。


☆☆☆


どうして急に大崎くんの気持ちが変化したのかわからないまま、次の登校日になっていた。



あたしの体の傷はすっかりよくなり、もう薬を飲まなくてもいい状態にまで回復していた。



自分の回復力に驚きながらA組のドアを開けると、咲たちはまだ登校してきていなかった。



いつもは早い時間に来ているのに珍しいことだ。



「あ、ナナちゃんおはよう」



先に来ていたクラスメートに挨拶をされてあたしは立ち止まって目を見開いていた。



こんな風に挨拶されたことは久しぶりで、驚いてしまったのだ。



人違いかと思ったが、A組にナナという名前の生徒はあたししかいない。



それに、クラスメートはあたしへ視線を向けているから待ちがいなさそうだ。



「お、おはよう……」



ぎこちなく挨拶をして、自分の席に座る。



すると次から次へとクラスメートたちがあたしに挨拶をしてくるのだ。



今日は一体どうしたというんだろう。



返事をしながらも、日ごろのことを思い出すと不信感が生まれてしまう。



それでも特になにもなにまま、咲たちが登校してきた。



「大丈夫だって」



咲が真里菜にそう声をかけている。



真里菜の顔は真っ青で、目には涙が滲んでいるようだ。



「どうしたの?」



あたしの席の近くを通ったときにそう聞くと「家に泥棒が入ったの」と、真里菜は言った。



「泥棒!?」



あたしは驚き、思わず大きな声で聞き返してしまった。



真里菜はうなづくと、自分の部屋に隠しておいた一千万円が盗まれたと説明した。



それはきっと当たった宝くじのことだろう。



「どうして自分の部屋に置いてあったの?」



「だって、必要なときにすぐに取り出せるように……」



真里菜の声は小さくしぼんでいく。



ずっとお金に困っていた真里菜は銀行ではなく、手元にお金を置いておきたいと考えたみたいだ。



そんなことをしたら、酒におぼれている父親に奪われてしまうかもしれないのに。



実際にそのお金を奪ったのは泥棒らしいから、余計に悪い結果になってしまったようだ。



「今まで通りおごってあげるから、大丈夫だって」



咲が真里菜にそう声をかけている。



普段遊びに出かけるときはいつも咲のおごりだったみたいだ。



しかし、真里菜の表情は冴えないままだ。



一千万円という大金を失ったのだから、当然だった。



「その代わり、またお願いね」



咲が真里菜の肩に手を置く。



その瞬間真里菜が怯えた表情を浮かべたのがわかって、あたしは首をかしげた。



2人は友達のはずなのに、今のやりとりはなんだろう?



「……わかった」



真里菜は青ざめた顔でうなづいたのだった。


☆☆☆


咲に続いて真里菜も絶対様で得た願いを手放す結果になってしまった。



サイトには書いていない理由がなにかあるのかもしれない。



たとえば絶対様に叶えてもらった効果は、本当は数日しか持たないとか。



絶対様にお供えものをしなければいけなかったとか。



なにせ信用できるかどうかも怪しい都市伝説のサイトに基づいて行動しているのだから、なんともいえない状況だった。



こうなってくると、光のことも気になりはじめた。



光は机の上に手鏡を出しっぱなしにして、終始顔を確認している。



今のところ綺麗な肌のままだけれど、これもどうなるかわからなかった。



「今日は真っ直ぐ帰るね」



放課後になり、真里菜が咲と光へ向けてそう言っているのが聞こえてきた。



「うん。それがいいね」



真里菜の顔色の悪さを見て光はうなづく。



咲もなにも言わなかった。



そして真里菜はひとりで教室を出て行ってしまった。



「また真里菜に万引きさせるの?」



光の言葉に驚いて視線を向ける。



「全部あたしがおごってあげるんだから、当然でしょう?」



咲はなんでもないことのように返事をした。



「そりゃそうか。あたしらだって学生でお金なんてないもんね。真里菜が盗んで咲が転売する。そうやってやっと遊べるんだから」



光の言葉にあたしは真里菜の顔色が悪くなった原因を理解した。



3人はいつもこうしてお金を集めて遊んでいたみたいだ。



盗みを働く真里菜が一番リスクの高い仕事を背負わされているみたいだ。



あたしは何も聞いていないふりをして、そっと教室を出たのだった。

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