第19話

☆☆☆


学校を出たあたしはコンビニに立ち寄って水を一本購入した。



それから廃墟へと向かう。



薄暗いその家は相変わらず気味が悪くて、入った瞬間身震いをした。



「美緒。お水持ってきたよ」



美緒は昨日と同じ場所に座り込んでいた。



美緒の前に座ってコンビニで買ってきた水を開封する。



「最近おかしいなことが立て続けに起こってるんだけど、美緒は関係ないよね?」



返事はないとわかっていながら質問をした。



美緒は灰色の目を泳がせるばかりだ。



あたしは小さくため息を吐き出して、美緒の口にペットボトルと近づけた。



少し上を向かせ、薄く開いた唇から水を流しいれる。



すぐに吐き出されるかと思った次の瞬間。



ゴクリ。



と、水を飲む音が聞こえてきてあたしは目を見開いた。



今、水を飲んだ?



慌ててペットボトルを脇において美緒の顔を確認する。



すると、灰色のだった目に輝きが戻り、黒目が出現するのを見た。



あたしは唖然として美緒を見つめる。



「ありがとう。ちゃんと聞こえてたよ」



それは間違いなく美緒の声だった。



少しかすれていたけれど、乾燥した唇が動いたのだ。



「美緒!?」



あたしは自分の体が震えるのを感じた。



美緒が反応した。



生き返ったんだ!!



思わず美緒の体をきつく抱きしめた。



途端に腐敗臭が鼻腔を刺激する。



でもそんなの気にならなかった。



美緒が動いている!



生き返ったんだ!!



「水をお供えしてもらえると、少しだけ出てくることができるの」



そう言われてあたしは美緒から身を離した。



気がついたら泣いていたようで、視界がボヤけている。



「出てくるって?」



「あたしが出てこられるの」



「どういうこと?」



美緒の言っていることの意味がわからなくて、首を傾げる。



「咲たちが残酷様の儀式をしてあたしにナイフを突き刺したとき、なにかがあたしの中に入ってくる感覚があったの。それはとても巨大な力を持っていて、人間じゃないってわかった。きっとそれが、残酷様だよ」



「え?」



「残酷様が入り込んだことによって、あたしは死なずにここにとどまっていることができているの。だかど、自分が表に出てくることはほとんどできない。1日1回、それも5分くらいが限度なんだと思う」



早口に説明する美緒にあたしの頭は混乱していく。



もう少しゆっくり話をしてほしいと思ったが、美緒に時間がないことだけはわかったから、黙っていた。



「美緒は家に帰れるんだよね?」



その質問に美緒は左右に首を振った。



とても悲しげな表情で。



「ごめん。あたしはもう人間じゃないから」



そう言う美緒の体からは、やはり腐敗臭が漂ってきている。



これで家に帰るのは不可能だと理解できた。



「だけど、ナナのおかげであたしはあいつらに復讐ができるようになった」



「復讐?」



「そう。ナナはあたしに……絶対様に願ってくれたよね? 幸せになりたいって」



あたしはうなづく。



確かに、あたしは絶対様へ向けてそう願いをこめた。



「ナナが幸せになるためにはイジメっ子をいなくならせることが必須条件だった。それはあたしにとっても復讐になる」



「もしかして、咲たちの願いが消えたのって……」



美緒は大きくうなづいた。



「ナナの願いが関係してる」



そう言われて一瞬怖くなった。



あたしの願いがみんなの願いを打ち消してしまったのだ。



それがバレたらどうなるか……。



そこまで考えたが、すぐに美緒の言葉を思い出した。



あたしの幸せは咲たちがいなくなることが必須条件。



咲たちがいなくなるのなら、怯える必要なんてないということなんだ。



「だけど少し待っていてね。あたしはあいつらをすぐに消したりはしない。もっとゆっくり、ジワジワと消したいと思っているの」



ジワジワと。



それは復讐として最もふさわしいやり方だと思えた。



あたしたちはあいつら3人に苦しみ続けさせられたのだ。



簡単に消えてなくなるなんて、許せなかった。



「楽しみにしていて。絶対に、ナナを幸せにするから」



美緒は最後にそう言うと、スッと灰色の目に戻っていったのだった。

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