第17話

☆☆☆


そして、翌日。



久しぶりによく眠れたあたしは体を起こしたときの痛みがなくなっていることに気がついた。



暴行を受けてから朝起きたときには必ず痛んでいたのに。



そう思って鏡の前で服を脱いで確認してみた。



蹴られたり踏みつけられたりした痕が綺麗に消えている。



頭に触れて見ても、どこにも痛みを感じなかった。



一瞬完治したのかと思ったが、さすがにここまで早く治ることはないはずだ。



わき腹のアザなんて広範囲だったし、骨が折れたかと思うくらいの痛みを感じていたのだから。



夜にぐっすり眠れたことだってそうだ。



ここ最近はろくに眠れなかったのに、昨日の晩から急に眠れるようになった。



ただの偶然かもしれないが、あたしの脳裏には昨日美緒にお願いしたことが何度もよみがえってきていた。



幸せになりたい。



それは広範囲に影響する願い事になっていたかもしれない。



とにかく、そうやって怪我が完全に治ったあたしはいつもどおり学校へ向かった。



今日は教室内は和やかな雰囲気で、3人のうち誰かが騒いでいることはなかった。



そのまま自分の席に座り、1日を過ごす。



あたしに話しかけてくる生徒は少ないけれど、それでも以前のように遠巻きに好機の目を向けてくる生徒はいなくなっていた。



美緒がいなくなって、今のところイジメも止まっているからだろう。



それでも、あたしにとってはここまで平和な日はひさしぶりの経験だった。



咲たちの様子もすごく落ち着いているように見えたのだが……。



昼休憩の時間に入ったとき、異変は起こった。



「大崎くん、一緒にご飯食べよう」



咲がお弁当を持って大崎くんの席に近づいていく。



一緒にお昼を食べることを、付き合い始めてからの日課にしているみたいだ。



大崎くんからの返事を待たずにお弁当を広げ始める咲。



「今日もコンビニのおにぎりなの? あたしのお弁当食べていいよ」



咲が大崎くんにお弁当を差し出したそのときだった。



「いらない」



大崎くんが冷たくそう言って咲にお弁当をつき返したのだ。



それを横目で見ていたあたしは不思議に感じて視線を向けた。



大崎くんは不機嫌そうな表情で咲を睨みつけている。



「どうしたの? なにかあった?」



「別になにもないよ」



心配している咲の言葉にもあまり耳を貸していない様子だ。



今日は虫の居所でも悪いんだろうか?



それにしても、あれだけ電撃的な告白をしてまだ数日しか経過していないのに、どういうことだろう?



あたし以外のクラスメートたちも2人のことを気にしてチラチラと様子を伺っているのだわかった。



「悪いけど、俺たち別れよう」



突然そんなことを言われて、咲はその場で硬直してしまっている。



あたしも驚いて大崎くんを見つめた。



「な、なにその冗談? 笑えないんだけど」



咲は無理矢理笑みを作っているから、口元がひどく引きつっている。



「冗談なんかじゃない。本気だ」



「そんな……」



「どうして彼女と別れて山家さんに告白したのか、よくわからない」



大崎くんの言葉にあたしは目を見開いた。



まさか絶対様の効果がなくなったんだろうか?



でも、どうして?



疑問を感じている間に大崎くんは席を立ち、教室を出て行ってしまった。



「ねぇ、ちょっと待ってよ!」



咲が必死で呼び止めるが、その声は大崎くんに届かなかったのだった。


☆☆☆


「おかしいじゃん! なんでこんなことになるの!?」



突然の大崎くんの変化に咲は怒り狂っていた。



あたしたちしか残っていない放課後の教室内で、大崎くんの机をなぎ倒す。



「いきなり別れようってどういうこと!?」



本人はもういないのに、そんな質問を空中へ向けて吐き捨てている。



大崎くんの変化には確かに驚いた。



クラスメートたちも一様に何事かと注目した出来事にもなった。



「本当に、どうしたんだろうね」



咲の荒れっぷりに困惑しながら光が呟く。



肌が綺麗になった光は以前よりも鏡を見る回数が増えていた。



ずっと自分の顔を見ていたいらしい。



「廃墟に行くよ」



咲が荒々しい声で言い、2人を引き連れて歩き出す。



あたしの前を通り過ぎる寸前顎だけでついて来いと言われた。



あたしはしぶしぶ咲たちについて歩く。



でも、美緒になにかがあったのかもしれないと思うと、気が気でなくなってきた。



途中から歩くスピードも早くなり、廃墟に到着する頃には息が切れていた。



咲が先頭を歩いてリビングを大きく開く。



乱暴にドアが開かれたため、廃墟ないにバンッと大きな音が響いた。



そんな扱いをしていたらいつかこの家は崩れてしまうかもしれない。



そんな不安を抱きながらリビングの中に足を踏み入れると、美緒は昨日までと変わらない様子でそこに座っていた。



誰かが入り込んだ形跡もなくて、ひとまずホッと胸を撫で下ろした。



しかし、咲は真っ直ぐに美緒の前まで行くとその前髪を鷲づかみにして顔を上げさせたのだ。



「おいお前、どういうことだよ!?」



返事のない美緒に咲は怒鳴る。



美緒は相変わらず灰色の目を泳がせるばかりだ。



「咲。乱暴はやめて」



横から口を出すと睨まれてしまった。



「絶対様に叶えてもらった願い事は永遠に続く。サイトにはそう書いてあった!」



「で、でも、その書き込みが本当かどうかわからないんだよね?」



それは咲が自分で言っていたことだった。



願いは1日1回までと説明したときのことだ。



できるだけサイトに書かれていることを信じたほうがいいけれど、全部が正しいことだとはわからない。



「ナナは黙ってて!」



咲はそう叫ぶと同時に美緒の頬を殴りつけていた。



椅子に座っていただけの美緒は大きくバランスを崩して、椅子ごと横倒しに倒れてしまった。

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