第13話
あの大崎くんが、クラスメートたちがいる教室内で咲に告白をした。
それは衝撃的な出来事で、教室内にいた女子たちから悲鳴があがったくらいだ。
しかし咲は余裕の表情で立ち上がる。
そして勝ち誇った笑みを浮かべて「はい」と、返事をしたのだ。
男子たちから冷やかしの声が聞こえてくる。
そんな様子をあたしは呆然として見つめていることしかできなかったのだった。
☆☆☆
まさか、美緒は本当に絶対様になったの?
昨日まで大崎くんと彼女は問題なく付き合っていたはずだ。
それが今朝学校に来てみれば彼女と別れたと噂が流れていて、咲に突然の告白をした。
これらすべてが偶然だとは思えなかった。
大崎くんが前から咲のことが好きで、彼女への気持ちがなくなっていたのならわかる。
だけど学校内で見かけていた2人にそんな様子は少しもなかった。
咲の願いが叶ったと考えるほうが自然かもしれない。
あたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
こんな非現実的なことがおこるわけがないと思いながらも、咲が大崎くんと付き合い始めたことは事実でしかなかった。
「言ったとおりでしょう?」
教室内で咲たち3人とあたしだけになったとき、咲の自信に満ちた声が聞こえてきた。
つい、視線を向けてしまう。
咲は2人の前で腕組をして胸をそっている。
「絶対様って本当にいたんだね」
関心して言ったのは真里菜だった。
隣に立っている光も目を輝かせている。
「今日あたしたちも願いを伝えに行こうよ」
光がそう言い、真里菜がうなづく。
「それならナナも来るでしょう?」
突然咲に声をかけられて、あたしは焦ってしまった。
「え、あ、あの……」
返事ができずにしどろもどろになる。
「っていうか、お前は強制参加だから」
咲に言われてあたしはうつむいた。
美緒の拘束は解いておいたから、もう逃げているかもしれない。
だけど3人ともそんな考えは持っていないようだった。
無言になってしまったあたしに咲たちが近づいてくる。
あたしは身をすくめて3人を見つめた。
「あんたも殺人の共犯だって、ちゃんとわかってる?」
耳元でそう聞かれてあたしは強く身震いをした。
自分の手で木片を握り締め、それを美緒に振り下ろしたときの感触を思い出してしまった。
あたしは膝の上でギュッと拳を握り締めて、うなづいた。
うなづくしかなかった。
それを見た咲はパッとあたしから身を離し「放課後が楽しみだねぇ」と、声をあげたのだった。
☆☆☆
放課後になり、あたしは真里菜と光に挟まれるようにして廃墟へと向かっていた。
先頭を歩いている咲はさっきからひっきりなしにスマホをいじっている。
付き合いはじめたばかりの大崎くんからメッセージがきているのだそうだ。
時折スキップまでしながら歩く咲の姿を見ながらも、あたしの頭は美緒で一杯になっていた。
どうか逃げていて。
絶対様でもなんでもいいから。
もうこいつらの願いを聞き入れるようなことはしなくていいから。
その願いもむなしく、廃墟の中には美緒がいた。
昨日と同じように椅子に座り、灰色の濁った目をうつろに泳がせている。
その姿に胸が痛くなった。
どうして逃げてくれなかったの?
絶対様になってしまったから、逃げられなくなったの?
聞きたかったが、咲たちの手前なにも聞くことはできなかった。
聞いたところで、返事はなかったかもしれないけれど。
呆然として美緒を見つめていると、真里菜が美緒の前に膝をついた。
まるで神様にお願い事をするときのように手を組み、目を閉じる。
「どうか、お金をください!」
それは切実な願いだった。
制服も、私服もすべて誰かのお古を使っている真里菜。
下には弟と妹がいるのに、働かない父親。
母親がなにをしているかはわからないが、離婚してしまっている可能性もある。
真里菜は深く頭をたれて何度も何度もお願い事を口にする。
それは本気の願いだった。
自分も、家族も生きていくために必要な願い。
それを見ていた咲が一瞬眉を下げた。
さすがに、友人の切実な願いを見て胸が痛んでいるのかもしれない。
5分間ほど頭を下げたままだった真里菜の肩に、咲が手を置いた。
「もう大丈夫だよ。きっと叶えてくれるから」
そう言うと真里菜はようやく顔を上げた。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいたのであたしは驚いた。
鬼のような女でも涙を流すことがるのだと驚愕する。
人を拷問して殺して絶対様にさせたくせに、自分の貧困がそんなに悲しいことなのか。
こいつらにとってはそうなのかもしれない。
いじめられっこ1人の命よりも重たいものなんて沢山あるのかもしれない。
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