第12話
その夜はろくに眠ることができなかった。
頭まで布団をかぶり、ガタガタと震える。
傷がどれだけ痛んでも恐怖のほうが勝っていてあまり感じることはなかった。
そして、朝が来た。
鏡の前に立って自分の姿を確認してみると、少しだけ頬が腫れている。
あれだけ暴行されたけれどあの3人は元々服を着れば目立たなくなる場所ばかりを選んで攻撃してきていたみたいだ。
そう理解してため息が出た。
どんなときでも用意周到な3人に勝とうだなんて、元々無理な話だったんだ。
そっと頭部に触れて見るとひどい痛みを感じた。
血が流れていたからいくらか切れているはずだ。
だけど髪の毛に隠れていて、それも見えなくなっている。
頬の晴れくらいならごまかすことができそうだけれど、あたし両親と顔を合わせる前に家を出た。
外はまだ朝もやが立ち込めている時間帯だ。
ひとりで公園のベンチに座って登校まで時間をつぶす。
途中で家から持ってきた痛み止めを飲み、少しだけスッキリすることができた。
そして、昨日の出来事を思い出す。
今でも悪い夢だったんじゃないかと思う。
だけどあれは紛れもない事実で、あたしの目の前で起こったことだったんだ。
あたしはスマホを取り出して画面を確認した。
昨日の朝美緒に送ったメッセージは既読がついていないままだ。
あたしは灰色に濁った美緒の目を思い出していた。
心臓が完全に停止した後、たしかに美緒は目を開けた。
なにも言わず、なんの反応も見せない、空っぽの美緒。
廃墟から出るとき、咲は美緒の拘束を解いていた。
それでも美緒は椅子から立ち上がろうとせず、ずっとそこに座っていたのだ。
一瞬美緒にメッセージを送ろうかと考えた。
今度はなにかしら反応があるかもしれないし、無事に家に帰ることができたかどうかも木になった。
しかし、あたしの指はなかなか動いてくれなかった。
大丈夫?
と、たったそれだけでもいいと思うのに、美緒へのメッセージを入力することができない。
脳裏には灰色の目をした美緒がいて、自分がそれに怯えているのだということに気がついた。
心臓は止まっていた。
目が開くはずがない。
それでも美緒は目を開けたんだ。
その時の恐怖が全身に駆け巡っていく。
咲たちにイジメられているときの恐怖心とは違う。
得たいの知れない気持ち悪さがある。
そこまで考えてあたしは左右に首を振った。
美緒は唯一の友達なのに気持ち悪いなんて、なにを考えているの。
それでもあたしは美緒にメッセージを送ることはできなかったのだった。
☆☆☆
それからあたしは朝早くから開いている近所の病院へと向かった。
階段から落ちたと説明すると、初老の先生はいぶかしげな表情を浮かべてあたしを見た。
あたしはそれに気がつかないふりをして、先生の手元へ視線を落とす。
「頭の傷はたいしたことないから大丈夫だよ。切り傷があるけれどもう塞がっているから。それより、本当に階段から落ちたの?」
カルテになにか書き込みながら聞いてくる先生に「はい」と、短く答える。
あまり長く会話をしていてボロを出したくはなかった。
「そう。まぁ、なにかあったら連絡しなさい」
先生はそう言うと痛み止めや化膿止めを処方してくれた。
これでひとまずは安心だ。
ホッと胸を撫で下ろして、今度はそのまま学校へ向かった。
まだ少し早い時間だったけれど、学校に近づくにつれて同じ制服姿の生徒たちを見かけるようになった。
頬の腫れを気にしながら教室へ向かうと、途端に教室内から大きな声が聞こえてきてあたしは廊下の途中で立ち止まった。
今の声は間違いなく咲だった。
咲の歓喜に満ちた声。
少し躊躇したけれど、廊下にぼーっと突っ立っているわけにもいかなくて、あたしはA組の教室のドアを開けた。
教室の中央に咲たち3人がいて、視線がぶつかった。
あたしは咄嗟に視線をそらして、なにも言わずに自分の席へ向かう。
「大崎くんが彼女と別れたって本当!?」
あたしの存在なんて見えていないかのように、3人は再び会話を続け始めた。
しかし、あたしは咲の言葉に一瞬動きを止めていた。
大崎くんが別れた?
そんなのただの偶然だ。
そう思いながらも、昨日の出来事を思い出さずにはいられなかった。
どんな願いでもかなえてくれる絶対様。
それを作り出した咲の願いは、大崎くんの彼女になることだった。
大崎くんには彼女がいたから、咲の願いを聞き届けるためには別れさせる必要がある。
その段階にきたと、取れなくもなかった。
「でもどうして急に? すごく仲がよかったよね?」
光は不思議そうに首をかしげている。
「そんなの、あたしが絶対様にお願いしたからに決まってるじゃん!」
他に生徒がいないことをいいことに、咲は大きな声で言う。
あたしはその言葉にビクリと体をはねさせた。
心臓が早鐘を打ち始めるが、悟られないようにカバンから教科書類を取り出していく。
「本当に、あんたの友達いい働きしてくれるよね」
咲がそんな風に声をかけてきたけれど、あたしは口を引き結んで返事をしなかったのだった。
それからは信じられないことの連続だった。
次々と生徒たちが教室へ入ってくる時間になったとき、大崎くんも登校してきた。
大崎くんは真っ直ぐと咲の前に向かったかと思うと次の瞬間には「好きです、付き合ってください!」と、頭を下げていたのだ。
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