第11話
それを見た咲は更に笑みを浮かべて、ナイフを持つ手に力をこめた。
今度はコポッと小さく音を立てて、咲は吐血した。
やがてナイフは咲の体に完全にその身をうずめていた。
出ているのは柄の部分だけだ。
ナイフの端からかすかに血が流れ出す。
咲はそれを確認してそっと身を離した。
咲の目は野生動物のように輝き、今後の展開を期待しているのがわかった。
美緒!!
あたしの叫び声はなおもかき消されてしまう。
美緒はぐったりとうなだれて目は堅く閉じられている。
「行くよ」
咲がそう言った次の瞬間、ナイフが一気に引き抜かれていた。
その瞬間から血が溢れ出す。
美緒が着ていた白いブラウスはあっという間に赤く染まり、肌の色が青ざめていく。
こんなに急激な変化が起こっているというのに、美緒は少しも反応を見せなかった。
ただそこに拘束されたまま動かない。
そして静かに血は流れ、椅子の下にちだまりを作り出していくばかり。
しばらくその様子を見ていた咲が、そっと美緒の手首で脈を確認した。
その目が大きく見開かれるのがわかった。
「死んでる」
小さく呟くような声で、あたしの頭は真っ白になっていた。
死んでる?
美緒が?
そんな、まさか……。
否定したい気持ちは強かった。
だけど今まで目の前で見てきた拷問はすべて本物だ。
不意に真里菜たちの手の力が抜けていき、あたしは美緒にかけよった。
抱きしめるようにして胸に耳を当てる。
なにも、聞こえてこない……。
「美緒」
名前を呼んでも美緒はかたく目を閉じたままだ。
「美緒、目を開けて!」
叫んで美緒の肩を揺さぶる。
しかし、美緒は反応してくれない。
どうして?
なんでずっと目を閉じたままなの?
焦りから、口元に妙な笑みが浮かんできていた。
どうすればいいかわからず、自分が混乱していることに気がつく。
「美緒!」
もう1度大きな声で叫んだ、そのときだった。
美緒の体が大きくグラついたのだ。
あたしは咄嗟に立ち上がり、美緒から離れた。
「来たっ!」
咲が目を輝かせて美緒を見つめる。
一体なに?
嫌な予感が胸によぎったとき、美緒のまぶたがゆっくりと押し上げられていったのを見た。
あたしは唖然としてそれを見つめる。
さっき心音を確認したとき、確かに止まっていたはずだ。
「美緒……?」
完全に目を開いた美緒の名前を呼ぶ。
しかし、美緒の目は灰色に濁っていてどこも見ていないようだ。
あたしが何度名前を呼んでも、反応を示さない。
本当に生きているの?
そう考えて美緒の手首で脈を確認する。
脈はとまったままで、少しも動いてはいなかった。
死んでる!!
あたしは咄嗟に美緒から離れていた。
美緒の脈は完全に停止したままだ。
それなのに美緒は目をあけて、どこにも焦点の合わない目でどこかを見つめている。
死後の筋肉の収縮とか、そんなものじゃないことは明白だった。
「成功した……」
咲が呟いた。
あたしは振り向いく。
咲はさっきから目を輝かせ、すばらしい芸術作品でも見るかのような視線を美緒へ送っている。
「儀式は成功したんだよ! 絶対様は人間じゃないから表情はない。会話もしないし、寝ないし、食べない。美緒はそういう存在になったんだ」
咲が近づいても、美緒はなんの反応もみせなかった。
普通、自分のここまで拷問した相手が目の前にくれば少しは怯えてもいいのに。
美緒は咲の存在にも気がついていない様子だ。
「お願い絶対様。あたし、大崎くんの彼女になりたいの」
その場に膝をつき、美緒の手を握り締めて咲は言った。
その声はさっきまでとは打って変わり、優しく、そして可愛いものになっていた。
しかし、あたしはその声を聴いた瞬間激しい嫌悪感と怒りが湧き上がってきていた。
咲の願いは大崎くんと付き合うこと。
たったそれだけの願いのために、美緒はこんな目に遭ったんだ!
「な……にが、絶対様よ!」
あたしは声を振り絞って怒鳴った。
その声に驚き、真里菜と光が再びあたしの体を拘束する。
それでもあたしは咲を睨みつけていた。
「そんなものいるわけがない! そんな願い、叶うわけがない!」
唾を撒き散らしながら怒鳴る。
しかし、咲は笑みを浮かべたままであたしを見た。
「絶対様はいる。見てなよ、あたしの願いは叶うから」
そう言って、大きな声で笑い始めたのだった。
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