第9話

これは今までと違うとすぐに感じた。



今までの咲たちはここまでのことはしなかった。



美緒を拘束して木片で殴るなんて!!



美緒はさっきから小さなうめき声を上げている。



痛みが強すぎると咄嗟の悲鳴は出ないようだ。



「なんで、なんでこんなことするの!?」



「言ったでしょ。儀式だって」



咲はそう言うと、真里菜と役割を交代した。



今度は咲があたしを踏みつける番だ。



咲は真里菜ほど優しくはない。



思いっきりわき腹にめり込んできた足に、吐き気がこみ上げてきた。



苦いものを口の中に感じながら、あたしは真里菜の行動を見つめた。



真里菜は袋の中からニッパーを取り出すと、美緒の靴と靴下を脱がしたのだ。



「やめて……」



自分の声がかすれて、ほとんど言葉にならなかった。



美緒はぐったりとうなだれていて、服には血がしみこんでいた。



「絶対様におなりください」



真里菜はそう言うと、美緒の足の爪にニッパーをねじ込み、一気に引き抜いた。



美緒の体がビクリとはねる。



その瞬間美緒は「ギャアアアー!!」と、雄たけびに近い悲鳴を上げた。



苦痛に顔をゆがめ、必死に逃れようともがいている。



それでも拘束は解けない。



美緒の顔は血にぬれてぬらぬらと光っている。



「絶対様って、知らない?」



咲があたしを見下ろしてそう聞いてきた。



あたしは唇を引き結んで咲を睨み上げる。



「この前都市伝説のサイトで見つけたの。絶対様はどんな願いでも聞いてくれる。


絶対様は自分たちで作りだす神様。絶対様になれるのは未成年で五体満足な子供たち。そして絶対様を作る方法はね……」



咲が身をかがめてあたしの耳に顔を近づけた。



「『絶対様におなりください』って言いながら拷問をするの」



咲の言葉にあたしは目を見開いた。



喉の奥からヒィッと声が漏れ出てくる。



咲がそれを聞いて笑い声をあげた。



不快な笑い声があたしの体を貫く。



「そして最後には『あなたは絶対様です』と言って、相手の胸にナイフを突き立ってるの!」



咲は叫ぶように言ってあたしの胸を叩いた。



その衝撃で激しく咳き込む。



咲はそれを見て笑う。



笑う。



笑う。



笑う。



気が狂ってしまいそうになる笑い声にあたしは左右に激しく首を振った。



嘘だ。



そんなことを信じてやっているなんて嘘に決まってる。



絶対様なんているわけがないじゃないか!!



その時、咲が準備していた袋の中に光るものを見つけてしまった。



ナイフだ……。



ゾクリと背筋が寒くなった。



本気だ。



咲は本気で絶対様を作り出するもりなんだ。



真里菜と光が入れ替わり、今度は光が美緒に拷問を加え始めていた。



「絶対様におなりください」



と口にしながら美緒の頬を工具で殴りつける。



美緒の顔からは血が噴出し、骨格が変形してきている。



「やめて! そんなことをしても絶対様なんてできるわけないじゃん!」



叫ぶと、咲が「その通りだよ」と、冷静な声で言った。



「え……?」



「絶対様になれない人間もいる。そういう人間は拷問中に死ぬんだってさ。もしもこいつが絶対様になれなかったら、今度はあんたでチャレンジしてみるんだよ」



そう言われてあたしはようやく、自分がここに連れてこられた意味を理解した。



あたしは美緒がダメだったときの代役なのだ。



あたしも今の美緒を同じようなことをされるかもしれないんだ。



理解すると同時に目の前が真っ白になっていた。



殺される。



ここにいたら殺される。



「は、離して!!」



叫び声を上げ、どうにか咲から逃れようと暴れる。



それに気がついた真里菜が駆け寄ってきて、あたしの頭部を木片で殴りつけてきた。



ドンッと体中を駆け巡るような鈍くて重たい痛みに声は出なかった。



その後ズキンッズキンッと脈を打つように感じる痛み。



そっと自分の頭部に手を触れて見ると、血がついていた。



「お前もやれ」



真里菜はそう言うと、あたしへ向けて木片を投げつけてきた。



咲が笑い、あたしから離れる。



ようやく体は自由になったけれど、強いメマイで立ち上がることも困難だった。



「ほら立てよ。お前もやるんだよ!」



咲が無理矢理あたしの体を立たせて、右手に木片を握らされた。



あたしはふらつきなら美緒の前に立つ。



美緒はグッタリとうなだれていて、可愛かった顔は見る影もない。



「美緒」



名前を呼んでも美緒は反応せず、ただ血を流し続けている。



「早くしろ!」



咲が怒鳴り、あたしの背中を思いっきり蹴ってきた。



あたしは体のバランスを崩して美緒に抱きつくような形で踏みとどまった。



美緒の体はまだ温かくて柔らかい。



こんなにボロボロになってもまだ生きていることを知らせていた。



あたしは木片を持ったまま美緒の体を抱きしめた。



涙が溢れ出してきて止まらない。

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