第8話

結局、あたしは3人から逃げることができず、夕方5時近くになると廃墟の中に足を踏み入れていた。



廃墟の中は窓が割られたり和室のふすまが破られていたりするけれど、若者の出入りがあるためホコリは少なかった。



あたしたち4人は壊されたままの玄関から中に入り、リビングへと向かった。



そこはリビングダイニングになっていて全部で20畳ほどの広さがある。



大きな食器棚やダイニングテーブルは置かれたままになっていて、そこにはマジックやスプレーでラクガキをされている。



「こ、こんなところでなにをするの?」



質問する自分の声が情けないくらいに震えた。



今すぐ逃げ出してしまいたいのに、あたしの手首はしっかりと真里菜に掴まれたままだった。



「面白いこと」



部屋の中央にいた咲が振り向いて言った。



その表情は獲物を見つけたハイエナのようだった。



あたしはゴクリと唾を飲み込んで廃墟の中を確認した。



ここは丘の上だから声を上げても誰にも聞こえない。



電気やガスも止められているし、とても楽しい雰囲気ではなかった。



咲は椅子をひとつ部屋の真ん中に移動させると、足を組んでそこに座った。



長くて真っ直ぐな咲の足が窓から入り込んでいる西日に照らし出されている。



思わず見とれてしまうような足でも、それはあたしにとって自分を踏みつける凶器にしか見えなかった。



そのときだった。



玄関のほうでカタンッと小さな音が聞こえてあたしは振り向いた。



誰かがこちらへ近づいてくる足音が聞こえてくる。



ギッギッと床を踏む足音にあたしは警戒心をあらわにした。



この廃墟は他にも若者たちが入り込んだりしている。



もし他の誰かと鉢合わせをしたらどうするんだろう?



そんな不安を感じているのはあたしだけのようで、咲たち3人は余裕の表情を崩さない。



もしかして、今日ここへ来るのはあたしたちだけじゃないんだろうか?



そう考えたとき、足音がリビングのドアの前で止まった。



すりガラスのドアの向こうに小さな人影が見える。



え、まさか。



そのまさかは当たった。



開かれたドアの向こうにいたのは美緒だったのだ。



「美緒!?」



あたしは目を見開いて美緒を見つめる。



美緒もあたしがいることに驚いている様子だ。



しかし次の瞬間、美緒の表情は険しいものに変化した。



あたしが3人と一緒にいることで、なにか勘違いさせてしまったみたいだ。



あたしは慌てて左右に首を振った。



「違うの美緒! あたしも今ここに連れてこられたところなの!」



幸い、真里菜があたしの手を掴んだままだったので、美緒は信用してくれたみたいだ。



「よく逃げなかったね。ナナは逃げようとしてたのに」



咲が立ち上がり、あたしの頭を叩いて言った。



「違う、あたしは美緒と一緒に……!」



美緒と一緒に逃げようとしたんだ。



そう言いたかったけれど、美緒がリビングに入ってきたので言葉を切った。



「あたしは逃げられない。知ってるくせに」



美緒は青ざめているが、しっかりとした声色でそう言った。



「え?」



聞き返したのはあたしだけだった。



他の3人はニヤニヤと粘ついた、いやらしい笑みを浮かべているばかり。



それを見てハッと息を飲んだ。



やっぱり昨日の体育館でなにかがあったんだ。



美緒がこの3人から逃げられないようにするために、弱みを握っているんだ!



「そうだったね。じゃあここに座ってよ」



咲が笑いをかみ殺しながら美緒に向けて言う。



美緒は抵抗せずに素直にそれに従った。



「ダメだよ美緒!」



声をかけると美緒は一瞬だけこちらへ視線を向けた。



その目はとても悲しい色に満ちていてあたしは言葉を失ってしまった。



美緒が大人しく椅子に座ると、咲はあらかじめ用意していたらしい袋を部屋の角から移動させてきた。



中にはロープや工具が入っていて不穏な空気が流れ始めた。



「ちょっと、なにするつもり?」



さすがに黙っておけなくて咲へ声をかける。



「都市伝説の儀式をしてみるんだよ」



咲はロープで椅子と美緒の体を固定しながら言った。



都市伝説?



そういえば昨日の帰りぎわに3人がそんな話をしていたかもしれない。



「都市伝説ってなに? あたしや美緒は必要ないんじゃないの!?」



こっくりさんがしたいなら、3人で勝手にすればいい。



そんなもののために呼ばれるのは心外だった。



「ちょっと、黙っててくれる?」



咲がそう言った瞬間、あたしは横倒しに倒れこんでいた。



遅れて右頬に痛みが走る。



咲に殴られたのだとわかった瞬間、西日が雲に隠れて室内が薄暗くなった。



朝ら続いていて快晴はどうやらここでおしまいのようだ。



ショックで立ち上がることができない内に更に2度3度をわき腹を踏みつけられて、うめき声を上げた。



その間に真里菜があたしのバッグを取り上げ、光が美緒のバッグを取り上げていた。



これで誰にも連絡が取れなくなってしまった。



痛みで視界がかすむ中、咲が木の棒を握り締めるのがわかった。



それもあらかじめ準備していたもののようだ。



そして、美緒へ向けて振り下ろしたのだ。



バキッ! と大きな音が響き渡り、美緒の頭が大きく揺れた。



少し遅れてその額にダラリと血が流れ出す。



「美……緒っ!」



必死に体を起こそうとするが、真里菜があたしの上にのしかかってきて身動きが取れない。



「絶対様におなりください」



咲はそう言ったかと思うと、再び美緒の頭部に木片を振り下ろした。



あたしは小さく悲鳴を上げて顔をそむける。

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