第7話
「離してよ!」
咄嗟に叫び、暴れる。
「ナナちゃんどうしたの? なにがあったの?」
周りに人がいるせいか咲は驚いた表情であたしを見て、そう言った。
咲があたしを『ナナちゃん』と呼ぶことなんてありえない。
呼び捨てか、お前、おい、と名前すら呼ばれないことのほうが多いのだ。
「もしかして痴漢? それならこっちだよ」
咲はひとりで適当なことをしゃべりながら、あたしの腕を掴んで強引に歩き出し
た。
駅の前にある交番へ向かうふりをしているのだ。
でももちろん、交番へは行かないことはわかっていた。
「落ち着いてナナちゃん。大丈夫だからね」
あたしが反論するのをさえぎるように真里菜が言った。
歩きながら3人はあたしの体を取り囲んだのだ。
周囲からあたしの姿は隠れてしまう。
そんな恐怖心を抱いたとき、咲が一瞬振り向いた。
その表情はすごく冷たくて、骨まで凍てついてしまいそうだ。
「あたしたちから逃げられると思うなよ」
あたしの後ろにいる真里菜がそうささやき、そして笑ったのだった。
☆☆☆
せっかく逃げることができると思っていたのに、大失敗だ。
まさか外で3人と鉢合わせするなんて思わなかった。
こんなことになるなら、最初から電車に乗って移動していればよかったんだ。
今朝の自分の行動が悔やまれる。
あたしは今3人と一緒にファストフード店に来ていた。
4人席で、あたしの右側は壁。
左側は真里菜。
前は咲で、その隣に光が座っている。
はたから見れば仲良し4人組に見えるかもしれないが、あたしにとってはかごの中の鳥だった。
ここから脱出することはほぼ不可能だ。
スマホを取り出して時間を確認するだけで、横にいる真里菜がチェックしてくる。
あたしが誰かに連絡しないか、見張っているのだ。
居心地が悪くて、運ばれてきたケーキに手を伸ばすこともできずにうつむくしかない。
その間、隣の真里菜はパスタを食べていた。
昼にはまだ早いけれど、朝ご飯もろくに食べていないのか、夢中になってがっついている。
「ナナ、ケーキは食べないの?」
コーヒーを飲んでいた咲にそう言われて、あたしは左右に首を振った。
とてもじゃないけれど喉を通らない。
食欲だってなかった。
「それなら真里菜が食べていいよ」
咲に言われて真里菜がゴクリと唾を飲み込んだ。
あたしがいるから冷静になろうとしているようだけれど、その視線はあたしの前に置かれていたチーズケーキに向いていた。
「ど、どうぞ」
そっと真里菜のほうへ差し出すと、真里菜はすぐにそれを引き寄せた。
光はさっきからテーブルの上に手鏡を取り出していて、運ばれてきた野菜スムージーには興味がなさそうだ。
そんな光の頬には右と左にひとつずつのニキビができていた。
ストレスが原因なのか、それとも肌が弱いのか知らないが、光は本当にニキビができやすいみたいだ。
ニキビ痕もあちこちに残っていて、それも気にしているのがわかった。
「ナナ。今日はどこに行こうとしてたの?」
咲に聞かれてあたしはビクリと体をはねさせた。
真里菜と光もこちらへ視線を向ける。
「ちょ、ちょっと、買い物を頼まれたの」
「ふぅん? 電車に乗って行かないと手に入らないの?」
更に聞かれて口ごもる。
いくら田舎と行っても駅前まで行けば大抵のものは手に入る。
そんな中で電車に乗らないといけない理由はどこにもなかった。
あたしは黙り込んで背中に汗が流れていくのを感じていた。
咲からの視線が自分の体に突き刺さっているような感覚がする。
視線だけで人を殺すことができるんじゃないかと思うくらいだ。
「と、トイレに」
あたしは咲の視線と質問から逃げるように席を立った。
真里菜が小さくした内をして道を開けてくれる。
あたしは足早にトイレへと駆け込んだ。
どうにかして逃げ出すことができないだろうか。
席には戻らずに真っ直ぐ出口へ向かえたらいいのだけれど、そのためにはどうしても咲たちの席の前を通る必要がある。
トイレの窓はどうだろう?
そう思ってトイレの奥の小窓を確認してみるが、外に格子がつけられているのがわかった。
食い逃げ防止なんだろう。
続いてスマホを取り出した時だった。
いつの間に入ってきたのか真里菜が目の前にいて悲鳴を上げそうになった。
「なにしてんの? トイレでしょ?」
言いながらあたしの手から簡単にスマホを奪い取ってしまった。
ここから逃げる方法をすべて失ってしまったあたしは唖然として棒立ちになる。
「あたしたちから逃げられると思うなよって、言ったはずだけど?」
真里菜は勝ち誇った表情でそう言ったのだった。
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