第6話
☆☆☆
あたしがやってきたのは駅前だった。
あたしが暮らしている町は田舎だけれど、駅前まで出てくるといろいろなお店が立ち並んでいる。
学生さんの行き来も多いため、スイーツのお店や雑貨やなど見て回る場所もある。
ひとりでブラブラと商店街を歩き、時々気になった店に入って商品を眺める。
それだけでも十分楽しむことはできるのだけれど、はやり気になるのは美緒のことだった。
商店街を角から角まで見て回る間に何度もスマホを確認したけれど、美緒はメッセージを見てくれていないようだった。
歩きつかれてきたし、近くに喫茶店に入ることにした。
昔ながらの喫茶店は店内はこげ茶色のもので統一されていて、ドアを開けると鈴の音色が響いた。
穏やかな店内音楽にホッとしながら足を進めると、あごひげを蓄えた店長と思われる男性に席まで案内された。
窓際の2人席だ。
クリームソーダを注文して、ぼんやりと誰も座っていない前の席へ視線を向ける。
ここには何度か美緒と一緒に来たことがあった。
最初に来たのは中学2年生の頃で、あの時は喫茶店に入るのがはじめてたっだから、2人してとても緊張していた。
ここの店長さんがとても気さくな人だったから、安心して料理を注文できたことを今でもよく覚えている。
「今日はひとりなのかい?」
クリームソーダを持ってきてくれた店長にそう言われ、あたしはうなづいた。
ここに来るときはいつも美緒が一緒だったからだ。
今日も、美緒へのメッセージにこの喫茶店の名前を書いておいた。
「たまにはひとりでこういう場所に来るのもいいもんだろう?」
「そうですね。また大人になったような気分になります」
あたしは少し照れながら答えた。
3人から逃げるためだなんて、口が裂けても言えない。
「じゃあ、ごゆっくり」
店長は柔らかな笑みを残してカウンターの奥へ戻っていく。
時間がまだ早いせいで店内にはあたし以外のお客さんはいなくて、とても静かだった。
あたしはクリームソーダを一口飲んでホッと息を吐き出した。
サクランボが乗っているクリームソーダはこの喫茶店が開店したときからなにも変わっていないらしい。
あたしも、これを飲むとなんとなく懐かしい雰囲気に浸ることができた。
今日はこれからどうしようか。
咲はメッセージで夕方5時に空き家に来いと言っていた。
つまり、5時になると咲たちが家にやってくるかもしれないのだ。
その時間帯には絶対に家にいることはできない。
あたしはスマホを取り出して時間を確認した。
まだ昼前だ。
咲たちから逃げないといけないという気持ちで一杯で、少し早く家を出すぎてしまった。
でも、もう1度家に戻る気分ではなかった。
自分が咲たちのせいで右往左往するのは納得できないことだったし、どうせならこのひとりの時間を思いっきり楽しんでやろうと思ったのだ。
あたしはクリームソーダを飲み干して会計を済ませると、駅へ向けて歩き始めた。
時間はまだまだたっぷりある。
電車に乗って少し遠くまで行ってみるのもいいかもしれない。
普段の生活から離れることで見えてくる景色は大きく変化する。
そう期待して足を進める。
気がつけば目を細めて空を見上げ、鼻歌まで歌っている自分がいた。
学校内では考えられないことで、つい笑ってしまった。
まだこうして笑うことができる。
その間にイジメ地獄から這い出さないといけない。
じゃないとあたしも美緒も、本当に笑えなくなってしまうから。
そんな焦燥感にかられて駅前の道を早足に歩いていたときだった。
「あれ、ナナ?」
後ろから声をかけられてあたしは立ち止まってしまっていた。
立ち止まらず、人違いだという雰囲気を出して駅まで歩けばよかったのに、反射的に体が震えてしまってできなかった。
あたしはぎこちなく振り返る。
そしてそこに立っていた人物を見て、大きく目を見開いた。
「真里菜……」
私服姿の真里菜がそこに立っていたのだ。
ハーフパンツに白いトップス。
その上に上着を羽織っている。
どれもこれも、咲のお古だとあたしはすでに知っていた。
あたしは真里菜を見て数歩後ずさりをした。
それを見た真里菜がすぐに手を伸ばしてあたしの腕を掴む。
それは痛いほど強い力だった。
「どうして既読無視してんの?」
そう聞く真里菜の声は険しくなっている。
あたしは返事をすることができず、ただ立ち尽くすしかない。
真里菜は今一人だろうか?
それとも……?
嫌な予感が胸によぎったとき、真里菜の後方から2人の女の子が近づいて来るのが見えた。
2人とも私服姿だからすぐには誰だかわからなかったが、咲と光で間違いなさそうだ。
あたしは咄嗟に真里菜の手を振りほどき、駅へ向けて走り出していた。
駅へ向かう人を掻き分けて先へ進む。
「待て!」
真里菜の声が後方からきこえてきても振り返らなかった。
ここであの3人に捕まれば、否が応でも空き家へ連れて行かれてしまう。
あの3人がここまで執着するということは、あたしにとってよくないことが起こるに決まっているのだ。
駅構内に足を踏み入れた瞬間、あたしは背広姿の男性にぶつかって体のバランスを崩してしまった。
前を歩いていたその男性は振り返り、あたしを睨みつけて舌打ちをする。
謝る暇もなく駆け出そうとしたとき、おいかけてきた咲に腕を掴まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます