第5話
ひとりで家に帰ってきたあたしはすぐに部屋着に着替えて、制服は洗濯機に押し込んだ。
こんなことをしたらイジメの証拠がなくなってしまうとわかっているけれど、いつまでもイジメの痕跡を見ていることは自分が耐えられなかった。
《ナナ:美緒、大丈夫?》
それからも美緒のことが気になってメッセージを送ったが、なかなか既読はつかなかった。
夕食を食べているときも、お風呂に入っているときも美緒があの3人になにをされたのか気が気ではなかった。
もし美緒があの3人になにかしらの弱みを握られていたとしたら?
そう考えただけで全身の血液は凍り付いてしまう。
今でもひどいイジメに遭っているというのに、今以上に抵抗できなくなってしまうかもしれないのだ。
それに美緒にとっての弱みはきっとあたしにとっての弱みにもなる。
あたしと美緒はそれくらい一身胴体で生きているから。
寝る前にもう1度スマホを確認したけれど、やっぱり美緒へのメッセージは既読がついていなかった。
電話をしてみようかとも思ったが、出てくれない可能性のほうが高い。
体育館倉庫であたしと目を合わせなかった美緒の姿を思い出すと、また胸が痛んだ。
幸いなのは明日が休日だということくらいだ。
明日はあの3人に会わなくていい。
美緒だって少しは気が楽になっているはずだ。
「明日になってから、もう1度メッセージを送ってみようかな」
独り言を呟いてベッドにもぐりこむ。
時間はまだ早かったけれど、疲れきってしまっておきている余裕はなかった。
それに、夢を見ている間だけはあの3人のことを忘れることができる。
あたしにとっては救いの時間なのだ。
そう思っていたのに、眠りを妨げるようにスマホが鳴った。
美緒からの返事かもしれない!
そう思ってすぐにスマホ画面を確認して、心臓がドクンッと大きく跳ねた。
強いストレスを感じて呼吸が短くなるのを感じる。
それは咲からのメッセージだったのだ。
《咲:明日、夕方5時に丘の上の廃墟に集合》
それだけ書かれた文字は、こちらに否定させない威圧感がある。
あたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
丘の上の廃墟というのは、ここから20分ほど離れた簡素な場所にある建物のことだった。
昔は老夫婦が暮らしていたらしいが、今は若者たちのたまり場などどして使われている。
美緒とあたしはあの3人に連れられてその廃墟に何度か足を運んだことがあった。
もちろん、楽しい思い出なんてひとつもない。
あの廃墟内に連れ込まれて暴力を振るわれた経験しかないのだから。
咲は明日あたしをあの場所に連れて行こうとしているのだ。
嫌な予感しかしなかった。
せっかくの休みで心休まる時間を持つことができると思っていたのに、それは咲からのメッセージで打ち砕かれることになってしまった。
あたしは大きく深呼吸をして、スマホをベッド脇に置いた。
咲に返事はしていない。
返事をしないとまたキレられることはわかっているけれど、どうしてもできなかった。
「廃墟になんて行かない」
頭まで布団をかぶって呟いた。
廃墟に行けばなにをされるかわからない。
そんな場所に進んで自分から行くことなんて絶対にない。
そうだ。
明日になったら美緒と一緒に遊びに出かけよう。
家にいたらあの3人が押しかけてくるかもしれないから、外にいればいい。
あいつらだって、あたしたちの居場所まで突き止めることはできないだろうから。
あたしはそう思い、キツク目を閉じたのだった。
☆☆☆
そして、無常にも朝はやってきた。
スマホを確認してみても、美緒から返事は来ていなかった。
もちろん既読もついていない。
変わりに咲たち3人からは無視するなという内容のメッセージが10件近く入っていた。
それを確認してゆるゆると息を吐き出す。
誰かを嫌いになるのと、誰かを好きになったときの行動はよく似ている。
どちらも、相手の一挙手一投足に反応してしまうのだ。
嫌いならほっといてくれていいから。
3人へ向けてそう言うことができたらどれだけ楽だろうと思う。
あたしにはそんな勇気はなかった。
せいぜに、送られていたメッセージを無視するくらいのことだ。
あたしは手早く着替えを済ませて外へでた。
今日は嫌味なくらいに快晴で、太陽が眩しい。
歩きながら美緒へ電話を入れることにした。
しかし、何度鳴らしてみても出てくれない。
仕方なく美緒に自分の行き先だけメッセージで送っておくことにした。
気がついて、来てくれればいいけれど……。
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