第3話
☆☆☆
あたしはひとりで昇降口に立ち、美緒が戻ってくるのを待っていた。
自分のシューズを見下ろすとマジックでバカとかブスとラクガキがされている。
こんなのはもう慣れっこだった。
どれだけ綺麗にしたって次の日に汚されてしまうから、消すこともなくなった。
教室の机も、ロッカーの床面にも同じようなラクガキがされている。
それももうあまり気にならなくなってきていた。
もしかしたら咲たちはそれが気に入らないのかもしれない。
地味なイジメでは動じなくなったあたしと美緒を見て、エスカレートさせているのかもしれない。
あたしは軽く息を吐き出して運動靴に履き替えた。
時刻はすでに7時を過ぎていて、学校内にはほとんど誰の姿も残っていなかった。
部活動が休みの日だから余計に人の姿はなくて寒々しく感じられる。
あたしは誰もいない廊下へ視線を向けた。
廊下の両端には怪談があり、それを見た瞬間あたしは苦い思い出をよみがえらせていた。
あの時、2年にあがってすぐの頃、あたしと美緒は先生に他もまれてプリントを教室まで運んでいた。
美緒とあたしは中学時代からの友達で、高校に入学してからもずっと一緒にいた。
2人で半分ずつプリントを持って、2年A組の教室へ向かう。
簡単な仕事だったけれど、階段の途中で勢いよく駆け下りてくる男子生徒が美緒にぶつかってきたのだ。
男子生徒は一瞬立ち止まって振り向いたけれど、なにもせずに走り去ってしまった。
美緒が持っていたプリントは階段に散乱していたから、あたしは「なにあいつ」と、文句を言いながら拾い集めたのだ。
その時、どうやら1枚だけプリントを拾い忘れてしまっていたようなのだ。
教室に戻ってプリントを配っていると、咲が「あたしの分がないんだけど」と、言い出した。
それなら先生にもう1度印刷をしてもらえばいい。
そう思ったのだが、なにを思ったのか咲はあたしと美緒がプリントを隠したといい始めたのだ。
もちろん、あたしたちはそんなことはしてないと説明した。
だけどあの時の咲はなにを言っても聞く耳を持たなかった。
たった一枚のプリントのことなんて、どうとでもなるのに、まるで子供のように騒ぎ立てたのだ。
今思えば、咲はあの日すごく機嫌が悪かったのだ。
どこかに八つ当たりをしたいと思っていたところに、あたしたちのプリントミスが起きた。
本当にただの偶然だった。
だけどそれをキッカケにして、咲たちからのイジメが開始されたのだ。
あの2人は自分に意地悪なことをしたから、やり返してもいい。
そんな暗黙の了解が3人の中にはあるみたいだ。
最初の頃はあたしも美緒も反論した。
プリントが1枚ないのはわざとではないし、そんなにたいしたことでもないと。
それでも咲は虫の居所が悪かったようで、聞く耳を持たなかった。
あたしと美緒が何を言っても、それはマイナスな言葉として捕らえられてしまった。
「どうしよう。咲、本当に怒ってるみたい」
その日の休憩時間中に他のクラスメートたちに相談してみると、その子は苦笑いを浮かべた。
「気にすることないよ。大崎くんに彼女ができたらしくて、それで荒れてるんだから」
大崎くんと言うのは同じクラスの男子で、学年で1番カッコイイ生徒だった。
その時あたしたちは始めて、咲が大崎くんのことが好きなのだと知った。
思い出してみると、確かに咲は教室内で大崎くんのことを目で追いかけていたかもしれない。
だけどそんな大崎くんには他に彼女ができてしまったようだ。
あれだけカッコイイんだから、それは当然のことだと感じられた。
「そうだったんだ。それなら、今だけだね」
あたしは安心してそう答えた。
咲の苛立ちの原因はあたしたちにはどうにもならないことだ。
だけど、失恋の痛みだっていつかは消えていくから、そうすればあたしたちへの風当たりも弱くなるはずだ。
それから3ヶ月が経過していた。
咲からの風当たりは弱くなるところか、どんどん強くなってきている。
最近では八つ当たりなんかじゃなくてただのイジメになってきた。
しかも、強烈な。
真里菜と光に関してはただ咲の言いなりになっているだけだと思っていた。
でも、ある日偶然見てしまったのだ。
学校帰りにボロボロの借家の前と通りかかったとき、その家から真里菜が出てきたのだ。
真里菜の後ろからは小学生くらいの男の子が1人、幼稚園くらいの女の子が1人いた。
2人ともひどく汚れた服を着ていて、サイズも合っていないのはひと目みてわかった。
「さっさと酒買って来い!」
そんな怒号が家の中から聞こえてきて、真里菜は顔をしかめて玄関先へ視線を向ける。
「わかってる」
短く返事をして、幼い弟妹の手を引いて歩き出したのだ。
あたしは電信柱に隠れてその様子を見ていた。
いまのこの時代にこんな家族がいるのかと驚愕したのとを覚えている。
とにかく、真里菜の抱えている問題やストレスは咲の非ではないということがわかった。
そして光だ。
光はあの頃ちょうどニキビが増え始めた時期だった。
それははたから見ていてもわかるほどで、よく咲たちにも相談していた。
今でも光は手鏡を持ち歩いて自分の顔を確認することに余念がない。
そういうことがあって、3人ともストレスと抱えていたのだ。
タイミングが悪かったとしかいいようがない。
そして今日、部活動がないと知っていた咲たちはあたしと美緒を体育館倉庫に呼び出したというわけだ。
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