第2話

疑問を感じて恐る恐る目を開けると、そこにはあたしをかばうように立ちふさがる美緒の姿があったのだ。



美緒は体を曲げて震えている。



「美緒!?」



あたしは咄嗟に声を上げて美緒の体を後ろから抱きしめた。



確認してみると、美緒の制服の上着が切り裂かれているのがわかった。



美緒は真っ青になっていて、今にも倒れてしまいそうだ。



「なんだよお前。なんで邪魔するんだよ!」



真里菜は叫び、ブンブンとカッターナイフを振り回す。



あたしと美緒はそれから逃げるように身をかがめ、出口へと向かった。



だけど、もちろんここの鍵はしっかりとかけられている。



通常のカギなら内側、外側の両方から開閉できるようになっている。



しかし、咲たちが内側に南京錠をかけてしまっている状態なのだ。



南京錠のカギは、もちろん咲が持っている。



どうしてそんなものを持っていたのか、聞かなくてもわかった。



全部、あたしたちをイジメるために用意したのだ。



あたしはドアに手を当てて無理矢理こじ開けようとした。



しかし、そのくらいの力でどうにかなるものではなかった。



「チビのくせにかばってんじゃねぇよ!」



咲の怒鳴り声の後、ガンッ! と大きな音が聞こえてきて振り向いた。



見ると、床に美緒が転んでいる。



右足を抑えているから、きっと足を蹴られ倒されたんだろう。



「美緒!」



慌てて駆け寄ろうとしたあたしの前に立ちはだかったのは真里菜と光だった。



真里菜の手にはカッターナイフが握り締められている。



あたしは動きを止めて真里菜を見つめた。



「お前はここで見てろ」



真里菜はそう言うと素早くあたしの後ろに周り、後ろからカッターの刃をあたしの首に押し当ててきたのだ。



ヒヤリとした刃の冷たさに全身から血の気が引いていく。



まさか本当に刺すことはないはずだ。



それでも足がガクガクと震え始める。



「ナナ……」



名前を呼ばれてそちらへ視線を向けると、涙目になった美緒がいた。



「大丈夫……」



『大丈夫だから心配しないで』



そう言いたかったのに、途中で言葉は途切れてしまった。



首に当たる刃を強く押し付けられたからだ。



少しでも動くと刃が喉を切ってしまいそうな力をこめられていて、あたしは少しも動くことができなくなってしまっていた。



「ほら、立てよ!」



咲が美緒へ向けて言い、同時に美緒の右足を思いっきりふみつけていた。



「いっ!」



美緒が顔をしかめる。



「お前チビで弱いくせに人のこと守ろうとして、うっとおしいんだよ!」



咲は足を踏みつけ、そしてグリグリと押し付けた。



美緒が苦痛に顔をゆがめる。



それを見ているだけであたしの胸は、自分が攻撃されているかのように痛んだ。



「やめて!」



叫んで見ても咲がやめるわけがない。



咲はあたしを見てニヤリと粘ついた笑みを浮かべ、そして美緒の腹部を蹴りつけたのだ。



美緒は体を折り曲げてその痛みに耐えている。



「なんでそんなことするの!?」



あたしは自分の首にカッターの刃を押し付けられていることも忘れて叫んだ。



いつの間にか目には涙が滲んできていて、美緒がどんな顔をしているのか見えなくなってしまった。



「はぁ? さっきから言ってんだよ。お前らが、2人とも、うっとおしいから


だ!」



言葉を区切るたびに美緒の体を踏みつける咲。



小さな美緒が更に体を小さくして震える。



「もうやめてよ!」



ボロボロと涙をこぼして叫んだ。



これ以上攻撃されると美緒が死んでしまうと、本気で思った。



この3人はそのくらい容赦ないことをする人間だ。



「やめてほしい?」



美緒を蹴りつけようとしていた足を止めて、咲が聞いてきた。



あたしは何度もうなづく。



もう限界だ。



これ以上の暴力はきっと美緒は耐えられない。



だから、やるならあたしを――。



そう思ったときだった。



咲が口角を吊り上げて笑った。



その不適な笑みにあたしは涙も引っ込んでいくのを感じた。



「そっか。じゃああんたは外で待ってるといいよ」



明るく言った先の言葉にあたしは「えっ」と声を上げる。



同時にカッターナイフは下ろされて、真里菜と光に両腕を掴まれていた。



そのまま出口へと引きずられていく。



「待って、ちょっと待って!」



叫んでも誰も聞いてくれなかった。



南京錠の鍵は真里菜も持っていたようで、古いスカートから小さな鍵を取り出して開錠した。



「美緒!!」



体育館倉庫から無理矢理押し出される瞬間、あたしは叫んだ。



床に倒れている美緒がかすかに顔を上げてこちらを見る。



そして、目があった。



「美緒!」



再び叫んだが、あたしは真里菜と光に突き飛ばされて、体育館倉庫の外へと転がり出ていた。



「誰かに言ったら、お前の友達がどうなるか。わかるな?」



真里菜があたしへ向けてカッターナイフを突きつける。



あたしは言葉につまり、押し黙ってしまった。



そして体育館倉庫の扉は閉められてしまったのだった……。

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