第2話:招待状

田村保乃は恐る恐る壁に耳を当てた。

隣の家から聞こえてくるのは女性の悲鳴だった。

それがこれから"火消し屋"に始末される者による悲鳴なのか、あるいは、既に始末されていてその家族が発見したことによる悲鳴だったのか。

保乃に真相を確かめる術はないが、"火消し屋"が残していったメッセージから察するにおそらくは後者だろう。

すると、隣の家からもう一発銃声が鳴り響き、同時に女性の悲鳴が止んだ。

保乃は慌てて壁から離れた。


保乃(間違いない。これは口封じだ。次はきっと自分の番だ)


保乃は音を立てないようにゆっくりとキーボードを打った。


保乃『私もBANされるかもしれない』


唯衣『ドアの鍵は掛けた?』


保乃『鍵は私が生まれる前から掛かったまま』


唯衣『そっか。私も狙われるのかな…怖いよ』


保乃『家の中は安全だと思ってたのに』


キーボードを打つ手を止めると、保乃は少し考え事をした。

そして、しばらくすると再びキーボードを打ち始めた。


保乃『私、外に出てみようと思う』


唯衣『え?』


保乃『家の中に居ても安全じゃないことが分かった。だったら、こんな狭い場所より外の方が見つかりにくいと思うの。それに、外の世界がどうなっているのか見てみたいし』


唯衣『止めた方がいいよ』


唯衣は何度も止めようとしたが、保乃の意思は固かった。

そして、ついには唯衣も折れてしまい、説得するのを諦めてしまった。


唯衣『絶対に死なないって約束して。"火消し屋"に会ったら決して攻撃してはいけないんだって。BANするまで地の果てまで追ってくるらしいから。もしも出会ってしまったらすぐに逃げてね』


保乃『必ず帰ってくる』


そんなやり取りをしていると、保乃宛に1通のメールが届いた。


【パーティーのお知らせ】


保乃(パーティー?)


それはこの街のとあるビルで定期的に開催されているというパーティーの招待状だった。


保乃(どうして私なんかに?)


保乃には身に覚えがなく、そのビルがどこにあるのかすら分からなかった。

そもそも外に出ることが許されないこの街でどうしてパーティーが開催されているのか。

疑問は尽きないが、招待状の差出人である"ひかる"という名前にはなぜか聞き覚えがあるような気がした。

これは"火消し屋"の罠かもしれないと思いながらも、保乃は初めて外に出るという決断になんだか心が浮き足立っている様子だった。


保乃『行ってくるね』


唯衣『気をつけて』


保乃はパソコンの電源を切ると、家族に気づかれぬようゆっくりと扉を開いて外の様子を伺った。

当然のように外には誰もおらず、街は静まり返っていた。

保乃は恐る恐る外に出るとそこで初めて自分の住んでいた家の外壁が真っ黒であることを知った。

いや、自分の家だけではない。

街中のありとあらゆる建物が真っ黒なのだ。

保乃は背筋が凍るような思いでさらに注意深く周囲を観察した。

すると、隣の家の扉が開いたままになっていることに気がついた。

"火消し屋"がまだ居るかもしれない。

そう思い、保乃は慌てて物陰に隠れた。

すると、数分後、隣の家から真っ赤なドレスを身に纏った女性が姿を現した。

その女性は扉を閉めることなく、凛とした表情でその場を立ち去った。

果たして彼女は隣の家の住人なのか、それとも、"火消し屋"なのか。

恐怖よりも好奇心が勝った保乃は、後先省みずに開いている扉から隣の家に入っていった。

家の中は保乃が住んでいるものと相違ない造りになっていた。

しかし、悲鳴が聞こえていた家とは思えないほど人の気配がまるでなかった。

保乃は悲鳴が聞こえてきたであろう2階の部屋へと向かった。

部屋の扉は開いたままになっている。

ゆっくりと扉に近づく保乃の心臓は鼓動が激しくなっていた。

物音を立てないようにそっと扉から部屋の中を覗いたが、中には誰もいなかった。

保乃は安堵の表情を浮かべ、部屋の中へと入っていった。

部屋は電気が消されており、パソコンの電源が付いたままになっていた。

そして、パソコンには先程まで保乃と唯衣が会話していたチャットルームが映し出されていた。

そこにはこの部屋に居たであろう人物の未送信コメントが残されていた。


名無し『"火消し屋"の正体は"ひかる"だ』


やはり、招待状は罠だった。

そして、この部屋に居た人物は"ひかる"によってBANされてしまったのだ。

ということは、さっきこの家から出てきた赤いドレスの女性こそ"ひかる"だったということか。

そんなことを考えていると、保乃は床に落ちているある物に気がついた。

それは、拳銃と使用済みの2発の弾丸だった。

この家から聞こえてきた銃声は2発。

この拳銃は"火消し屋"が置いていった物だろうか。

保乃は拳銃に弾が1発だけ残っていることを確認すると、上着のポケットに拳銃を仕舞い込んだ。


保乃(招待されたからにはパーティーに参加しないとね)


保乃は隣の家から出ると、招待状に書かれていたビルを探すことにした。

保乃が立ち去った後、チャットルームに新たなコメントが書き込まれた。


唯衣『私もこの家から出るね』



続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る