流れ弾

@smile_cheese

第1話:名無し

週末の夜の街に一発の銃声が鳴り響く。

その音を聞いた田村保乃は、チャットルームを立ち上げるとパソコンのキーボードを打ち始めた。


保乃『鳴った』


唯衣『近い?』


保乃『結構近いかも』


唯衣『気をつけて』


保乃『外に出なければ大丈夫』


唯衣『また、"火消し屋"かな?』


保乃『どうだろう?違ったとしても、今撃った人もいずれ消されるよ』


唯衣『保乃は怖くないの?』


保乃『分かんない。実際、見たこともないし。それに』


ここで保乃はキーボードを打つ手を止めた。


保乃(外がどんな世界かなんて考えても無駄だから)


この街は"火消し屋"と呼ばれる存在によって支配されていた。

街の住人たちはその家族構成に応じて決められた住居が与えられ、誰も外に出てはいけない決まりになっている。

馬鹿げた話に聞こえるが、住人たちには外に出られない理由があった。

決まりを破って外に出たものは、例外なく"火消し屋"に始末されると言われているからだ。

にわかには信じがたいが、外から度々聞こえてくる銃声や悲鳴が噂を確信へと変えているのだろう。

家には扉が一つ付いているだけで、窓もないため、外部との接触が一切出来ず、他人との交流は基本的にはインターネットの世界が全てであり、与えられたユーザーネーム以外はお互いの顔や本名も分からない。

ただし、生きるために必要な食料や生活用品などは機械たちによって日々供給されるため、最低限の生活は出来るようになっている。

誰が何のためにこんなことをしているのか。

"火消し屋"とは何者なのか。

一体、いつから存在しているのか。

その正体を知る者は誰もいなかった。


唯衣『どうしたの?』


保乃『なんでもない』


すると、チャットルームに誰かが入ってきた。


名無し『銃声が聞こえた』


唯衣『こんにちは』


保乃『こんにちは』


名無し『誰かBANされたかな?』


BANとは"火消し屋"に始末されたことを意味するネット用語である。


名無し『外になんか出るからだ。自業自得だな』


名無しとは匿名の人物に付けられる名前であり、どのユーザーが書き込んでいるのか分からない。

名無しは保乃たちを無視するかのように独り言を書き続けた。


名無し『知ってるか?BANされたらゾンビがいる世界に転生させられるらしいぞ』


名無し『生還できた奴もいるらしいが』


名無し『俺は嫌だね。家に居れば安全だ』


名無し『この街には"Nobody's fault"と呼ばれる鏡があるらしい。その鏡を見た者は地獄に落ちるとか』


名無し『"火消し屋"は一人ではなく集団らしい』


名無し『おい、聞いてるのか?』


唯衣『不安にさせるようなこと書かないで』


名無し『怯えてるのか?』


保乃『この部屋から出てってよ』


名無し『まあ、聞けよ』


名無しは構わず書き込みを続けた。


名無し『"火消し屋"の正体を知りたくないか?』


唯衣『知ってるの?』


保乃『構わない方がいいよ。嘘かもしれないし』


名無し『黙れ!クソ野郎が!今からお前の家に行ってBANしてやろうか!』


"嘘"という言葉が名無しの逆鱗に触れたらしい。

名無しは保乃に向けて汚い言葉を次々と投げつけた。


唯衣『ちょっと、やめてよ!』


その時だった。

またしても保乃の耳に大きな銃声が聞こえた。


保乃『また鳴った』


唯衣『また?』


保乃『今度はさっきより近い』


唯衣『大丈夫なの?』


保乃『分からない。ねえ、名無しさん。あなたにも聞こえたでしょ?』


名無しから返事はなかった。


保乃『ちょっと、さっきまでの威勢はどうしたのよ』


しかし、名無しは答えない。

すると、チャットルームにまた一人誰かが入ってきた。


火消し屋『名無しはBANされました』


保乃(え?)


"火消し屋"を名乗る人物はそれだけを言い残してチャットルームを退出した。


保乃『"火消し屋"?』


唯衣『BANされたって、どういうこと?』


保乃『"火消し屋"の正体を誰かに話そうとしたから』


唯衣『口封じってこと?』


保乃『じゃないと、こんなタイミングで"火消し屋"がこの部屋に来たりしないよ』


唯衣『じゃあ、保乃が聞いた2回目の銃声って』


保乃『そのことなんだけどさ』


保乃は体の震えがが止まらなかった。

これは夢だと何度も頭の中で繰り返したが、その耳に届くのは恐怖という名の現実だった。


保乃『隣の家から悲鳴が聞こえるの』



続く

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