駐留部隊(その3)
アシュレーは何故か気まずそうな苦笑いを浮かべながら、実に言いづらそうに、その「お願い」を切り出した。
……何はなくとも、マゼラヴィルでアシュレーがミハルに出会ってからこっち、ずっと気にかかっていたのが彼女のその服装だったのだ。
今の白いブラウス姿が移動用のカモフラージュだったとして、手にした旅行鞄に軍服の一つでも入っているのかと思えば、そうではなかった。なのでアシュレーとしては、相棒として同道させるに当たってその点を真っ先に何とかしたかったのだ。
「かと言って……まさか駐留軍の兵士たちと同じ軍服を支給するってわけにも行きませんわな」
部隊の装備係の元を訪れ、その日の担当の係官にその旨を相談して、まず返ってきた答えがそれだった。
「それはまあ、確かにその通りだな」
アシュレーが軍人姿のミハルを連れて歩けば、そもそも秘密任務になりえないし、彼の行動を駐留軍があからさまに公認しているかのように見えるのもまずい。そもそも要所警備のための歩哨や巡察が主たる任務である駐留軍兵士の軍服は、どちらかと言うと実用性よりも見た目の威圧感を重視した意匠であるのは否めない。そんな服装をミハルに着せて連れて歩けば、目立つも目立たないもあったものではなかっただろう。
「通常勤務のとは別に野戦装備用の戦闘服もありますが、どうです?」
「市内を歩くのに逆に目立ってしまうのは、一緒だろうな」
「整備班の作業着はどうです? まあこれも紛らわしいと言えば紛らわしいし、それにサイズがあったかどうか……」
両方とも見せてもらったが、この姿で市内を歩き回れば兵士だと誤認されるおそれがあるのには変わりないし、住民にも何事かと思われる事だろう。駐留軍の兵士たちも規則には違反するだろうが非番の日に着る服などをどこかで入手しているはずだから、この街で服を売っている店を教えてもらった方が早いかも知れない。いっそのことマゼラヴィルを出る前に何とかしておくべきだったか、とアシュレーがぼんやりと考えていると、装備係が他の服を持ってきた。
「だったら、これはどうですかね?」
そう言って出されてきたのは、黒づくめの上下一式だった。広げてみたところ、何かの作業着というわけではなさそうだった。
「これは……?」
「あれの操縦用ですよ」
あれ、と言って装備係が指さしたのは、格納庫の片隅で威圧的な存在感を放っていた、巨大な重機のような乗り物――〈強化機動服〉だった。
服、といってもそれは人間の身体に全身を覆うように装着する強化装甲の一種だった。基本的には操縦者の動作をトレースする機構であるが故にそのような名称で呼ばれているのだったが、部隊に配備されていたそれはもはやそれ単体で装甲車くらいの大きさがある、大型の重機タイプの機種だった。
装備係が持ち出してきたのは、操縦者向けに〈強化服〉の急制動からくる負担に耐える事が出来る、専用のインナースーツだった。もちろん操縦者がそのまま白兵戦などの作戦行動に参加する場合も考慮して、ポケットなども一通りは揃っており、普通の野戦服として使用するにもべつだん不都合はない。無地柄のため上から何か上着でも羽織れば、そのまま街を歩いていても必要以上に人目をひく事もなさそうだった。
実際ミハルに着せてみると、身体のラインが割とはっきり分かるようなものだったが、ミハルは心もち満足しているようだった。衝撃から身を守ることが出来るように薄手ながらそれ単体でもしっかりとした強度があり、身体の動きも妨げないとあって、強化兵士である〈シミュラークル〉に着せるにはうってつけの代物だったのかも知れなかった。
装備係のみならず、駐留軍の若い兵士達はブラウス姿のミハルがその場に現れたときから興味津々で、インナースーツに着替えて出てきた時も彼女の姿にずっと見とれているありさまだった。決して愛想のいいミハルではなかったが、兵士達には好意的に受け入れられているようだった。
それもあってか、装備係は二人が持っていた銃にも弾薬を支給し、さらに必要なら銃器の貸し出しも行うと安請け合いする。
「まあ実際、思ってたより退屈な場所ですよ。最辺境での防衛任務だっていうから、どんな恐ろしい無法の街かと思ってみんな最初はビビってるんですけどね。いざ来てみれば、俺の田舎より呑気な場所ですよ」
そう言って、その場にいた兵士の一人が笑った。
情報省の機密任務で動いているというが役人でも軍人でもない、見た目で言えばただの流れ者にしか見えないアシュレーは単に部外者という以上に胡散臭い事この上なかっただろうが、兵士たちの側で必要以上に警戒したり疎んじたりという雰囲気は感じられなかった。
そういう目で見渡せば、部隊で見かける兵士たちはみな少年兵のように年若い者ばかりだった。士官であるエッシャー大尉で最年長と言ったところだ。大尉を除けば皆辺境域から兵役で集められた、純朴な若者たちだった。
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