駐留部隊(その4)
* * *
そんな駐留部隊の面々のすぐ後で会った、街の診療所のスレイトン医師は、恐ろしく無愛想な人物だった。
医師の肩書には不釣り合いなほど眼光は鋭く、初対面のアシュレーを遠慮なしにじろりと睨み付けてくるのだった。相応の長身にがっしりした体格、見事に剥げ上がった頭髪も滑稽味どころかよりいっそう風貌の剣呑さを際立たせていた。
それでも、アシュレー達をここまで送り届けた若い伍長は割と気安い口調で医師と相対していたから、元々こういう人相風体の人物なのだろう。
「わざわざ死体に会いたいとは物好きだな、あんたらも」
医師はぶっきらぼうにそう言い放つと、アシュレーとミハルを半地下の遺体安置室へと案内した。
肌寒い部屋の片隅に、その亡骸は安置されていた。スレイトン医師が側に歩み寄ると、その場の誰にも一言の断りもなしに、遺体を覆っていたシーツを肩の辺りまで無造作にまくり上げた。
露わになった亡骸と対面するなり、アシュレーは息を飲んだ。
「……メアリーアン」
ここに来るまで、悠然とした態度を崩そうともしなかったアシュレーが、ごく一瞬ではあったが明らかに狼狽を見せた。
ミハルとスレイトン医師の二人が、そんなアシュレーをじろりと見やる。
「知り人かね?」
アシュレーは遺体をまじまじと眺めたまま、こくりと頷いた。平静を装いきれずにいる彼の態度を窺いつつ、スレイトン医師は遠慮がちにシーツをさらにまくって、首から下、上半身を露わにした。
「知り人というなら、これを見るのは少々きついかもしれないが」
遺体は一糸まとわぬ裸体だった。色の白い肌は今ではすっかり血色を喪い、全身が青ざめていた。傷口はすっかり洗浄され、もはや血にまみれてはいなかったものの……それでも遺体の損傷は随分と酷かった。
まるで太い釘でも打ち付けたかのような大きな穴が、全身に無数に残されている。――形容の通りに釘を打たれたわけでもないだろうが、ならば何にどうやってつけられた傷なのかが、まるで見当もつかなかった。
一番酷いのは、大きくえぐられるように裂けていた右の脇腹だった。少し押し開けば、臓器がこぼれ出して来そうなほどの深手だ。アシュレーは一瞬眉をひそめたが、物おじせずに無造作に手を伸ばし、実際に触れて傷の具合を確認する。
「……死人が出た今回の件、駐留部隊はどういう風に処理したんだ?」
「事故、という事になっているんじゃないのか。そうでなかったらこちらから提出した検死報告書の記述と矛盾する事になるが、特に書き直しは依頼されてはおらんからな」
「この傷で、か?」
「確かに事故にしては不自然な損傷ではあるが……かと言って、そうではなかったら何だというのかね。まさか人為的な傷だとでも? この小さな街で殺人事件かね」
医師はまるで小馬鹿にしたように言ったあとで、深々とため息をついた。
「仮に人為的なものだとして、一体どうやったらこんな傷になると、お前さん方はみるね?」
「……」
「それがどうにも想像つかなかったから、私も検死報告書には事故という風に書いたんだ。屑鉄平原は安心安全なところではないし、屑鉄拾いだって決して安全な仕事じゃない」
「こういう傷もどうやってか付くかも知れない、というわけか」
「年に数件とはいえ、目も当てられんような事故が無いわけじゃないからな。廃材の下敷きになったり、重機に轢かれたり、場合によっちゃ破砕機にうっかり巻き込まれちまったり……手指が欠ける程度の怪我はごく当たり前だよ」
だからと言ってそんな風に医師の主観的判断で済ませてしまっていいものかどうか疑問だったが、しょせんは司法の手の届かぬ街だ。こういう風に事が片付けられてしまうのも、やむを得ないのかも知れなかった。
遺体をまじまじと眺めながら、アシュレーは医師に問う。
「この遺体を見て、何か気付いた事はなかったか?」
「うん? そうだな、その深い刺し傷……運ばれてきた当初はあきらかに血ではない何かで黒く汚れていた。成分は分析しないと何とも言えんが、一応サンプルは採取してあるから、調べようと思えば調べられるが」
「他には?」
アシュレーの問いが少々しつこく感じられたのか、スレイトン医師はいぶかしげな表情を一瞬見せたが、もう一度ため息をつきながら言った。
「……こんな娘が、若い身空でこういう死に方をするのはどうにもやりきれん、というぐらいかな」
「そうか」
アシュレーはそれで納得したのかしなかったのか、ひとまず相槌を打った。
「すまないが、差し支えなければ検死報告書を一度見せてもらえるとありがたい」
「コピーを用意しよう。持って帰って隅々まで読んでくれれば、それが一番疑念がなかろう」
スレイトン医師はそう言って退席していく。二人きりになるなり、アシュレーが口を開いた。
「あれがヤブ医者でないのなら、彼女の擬態は完璧と言えるだろうな」
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