駐留部隊(その5)
「あれがヤブ医者でないのなら、彼女の擬態は完璧と言えるだろうな」
「……あなたは今さっき、メアリーアン、と言いましたね?」
ミハルが、やけに深刻な様子でアシュレーを問いただした。
「それが、どうした?」
「あなたの任務はイゼルキュロスの捜索です。この街には、イゼルキュロスを探しに来たんですよね?」
メアリーアンではなくて、という彼女の詰問に、アシュレーはため息をつく。
「イゼルキュロスの事に関しては、お前より俺の方が詳しいんだ。やつは一人で逃げていたわけじゃない。協力者がいたんだ」
「協力者」
ミハルはやけに疑わしい目でアシュレーを見やる。
「記録には、そのような情報は記載されていませんでした」
「それはそうだ。俺がその協力者の存在を知ったのは、クラウヴィッツでの話だからな」
アシュレーも事の最初から一人きりでイゼルキュロスを追いかけていたわけではない。途中までは、情報省から派遣された担当官達で構成された追跡班と行動をともにしていたのだ。
だが、その追跡班はクラウヴィッツの街でイゼルキュロスと交戦し全滅、アシュレーはミハルと合流するまでは、表向きは生死不明のまま消息を絶った事になっていたはずだった。
つまりはそこから先、イゼルキュロスの周辺のあれこれは、確かにアシュレーにしか知り得ない事ではあった。
「……あなたは今、『擬態は完璧だ』と言いましたね。イゼルキュロスなら分かりますが、そのメアリーアンというのは一体何者なんですか?」
「クラウヴィッツでイゼルキュロスを捕捉した段階で、すでに二人は一緒に行動していた。このメアリーアンが、クラウヴィッツの街でイゼルキュロスの潜伏の手引きをして、さらには逃亡にも手を貸した。だから、ここまでずっと行動を共にしていた可能性はある」
「逃亡の手助け。でもそれが、どうしてこんな死に方を。それに……」
「それに、何だ?」
「イゼルキュロスは攻性生物です。第三者の手助けなど必要でしょうか?」
「羽化を済ませたイゼルキュロスは、最終的には人間とはかけ離れた容姿になっていたからな。そもそもクラウヴィッツでの潜伏生活も、その羽化の時期をやり過ごすためだった」
「しかし、本来ならそれを偽って、人間そっくりの外見に擬態する能力が備わっていると聞き及んでいます。羽化の時に彼女の身に何かトラブルでも?」
「さて、それ以上の事情は知らないがな。俺が知っているのは、イゼルキュロスには擬態以上に器用な能力があった、という事ぐらいだ」
「器用な能力ですか。……まさか、自分の分身か何かを作り出せると言うんじゃないでしょうね?」
柄にもなく軽口を叩いたミハルだったが……アシュレーはにこりとも笑わず、真顔で肯定した。
「そのまさかだと言ったら、どうする?」
アシュレーの言葉に、機械のミハルが言葉を失った。
怜悧な態度こそ崩さなかったが、ミハルは文字通り、絶句してしまったのだ。
「それは……つまりどういう事です? 一体、メアリーアンは最終的に何者だったというのですか?」
真顔で問いただしたミハルだったが、アシュレーははぐらかした。
「まぁ、彼女が何者なのかはもうしばらくしたら分かるんじゃないのかな。死してなお、遺体がこの形質をそのまま保ち続ける保証もないしな」
アシュレーはそう言いながら、一度はまくり上げられたシーツを、ゆっくりと首のところまで引き戻す。
「一体、どういう最期だったんだろうな」
「協力者ということは、例えばイゼルキュロスを守るなりかばうなりして死んだ、とか」
「その可能性も充分にある。何にせよ、誰かが彼女らをこういう目に遭わせた、っていう事だ」
「彼女ら、ということはイゼルキュロスも、ですか?」
「連れが負傷したその現場に、一緒に居合わせた可能性はあるだろう?」
「行方不明になったという他の追跡者達も、もしかしてこのメアリーアンと同じ末路を?」
「さて、それはどうだろうな。死人の記録をもう少し当たってみて、何か見つかればもうけものだが」
言った後で、自身の言葉を反芻して、アシュレーはため息をつく。
「死体が見つかっただけ、メアリーアンに関しては運が良かったのかも知れない。他の連中は屑鉄平原のどこかに、鉄屑と一緒くたに埋もれているのかもな。……となると、俺達も覚悟が必要かも知れない」
アシュレーはそう言ったが……ミハルの注意を促したというよりは、冗談のたぐいのものだったのかも知れない。
「ミハル、すまないが上に行って、さっきのドクターから書類のコピーを受け取ってきてくれないか」
「あなたは?」
「もう少しここにいちゃまずいか」
「それは……どうしてです?」
「俺にも一応、少しは感傷に浸りたい時もあるんだよ」
アシュレーはミハルの方を振り返りもせずに、独り言のようにそう呟いた。そんな彼の姿に、ミハルが無粋な言葉を投げかけて、念押しをする。
「イゼルキュロスを捕獲、場合によっては破棄する……アシュレー、それが我々の任務のはずですよね?」
「……ああ、その通りだ」
果たして何を確認したかったのか、ミハルはそれ以上何も言わずに、アシュレーを置いてその場をあとにした。
(次話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます