駐留部隊(その2)

「ともあれ……この街のどこで何をしようとお二人の勝手ですけど、立入禁止区域には無断で入らないで下さい。どうしても、というときには我々が同行しますので」

「分かった」

「あと、銃器や弾薬のたぐいは可能な限り融通しますけど、市内で無闇に発砲しないでくださいよ? 別に警察任務が目的で駐留しているわけではないですが、調査団の留守の間に、住民との間に無用な揉め事は起こしたくありませんので」

「留守?」

「ええ。我々の本来の任務は遺跡区画の保全と、調査団の警護なんですけどね。今年は〈ブリザード〉が来るという風に気象予報官が予報を立てましたので、調査団は〈王都〉に一時退散ですよ。……丁度今期の資金も底をつきかけていたという話で、来期の予算獲得に向けても色々あるみたいですしね」

「なるほど。ところでその〈ブリザード〉というのは何だ?」

「この地方独特の気象現象ですよ。この街から向こうはもう自由国境地帯で、人の住める土地ではないのですが……その国境の向こうから、土地を汚染する毒素が季節風にのって、この街まで飛来してくるのだそうでして。何年かに一度の事ですし、本当に予報通り来るかどうかは分かりませんけどね」

「大尉は、遭遇した経験が?」

「前に来たのは七年前だそうです……自分はここに任官してまだ二年目ですから。まあ、過去の経緯から必要な装備はちゃんと揃ってますし、対応マニュアルも用意されてますから、そんなに心配はしてませんけどね。ただ七年前のは相当規模も大きくて、住民に死者も何人も出たっていう話ですし、用心に越したことは無いかと」

「いつ来るのかは、分からないんだな?」

「風向きの話ですからねぇ。ただ、住民は昔から独自にサイレンを鳴らして警戒はしていましたし、調査団の安全も考慮して、軍の方で観測センサを設置して早く警報が出せるように協力はしています」

 なので、サイレンが鳴ったらどこでもいいので、屋内に避難して下さい、と大尉は告げる。

「それで……滞在の目的ってのは、やはり教えては貰えないんですよね?」

 大尉の言葉に、ミハルが横からにべもなく言い放つ。

「今さっき、無用な好奇心は控えると申していたではないですか」

「いや、そう言いはしましたが、何かお手伝い出来る事があればとも思いまして」

「人捜しだ」

 ミハルに睨まれてたじろいだ大尉に助け舟を出すように、アシュレーが答えた。

「それが誰で、何者であるかまでは詳しくは言えないが」

「人捜しですか……でしたら色々ご協力は出来ますよ。軍がここに駐留するようになって以降の、市内で起きた事故や事件等の記録は一通り揃っていますから、閲覧は可能です」

「警察任務は行っていないんじゃなかったのか?」

「……自分もそのように説明を受けた上でここに来ましたが、何故か業務マニュアルに組み込まれているんですよね。まあ、あくまで記録を取っているだけで、犯罪の捜査なりを行っているわけでもありませんから。必要に応じてマゼラヴィルに協力を要請する事になっていますが、私が赴任してからそのような対応をしたケースは今の所ありません」

「例えば、殺人事件が起きたりとか?」

「よしてくださいよ、縁起でもない。……もっとも、我々が警備している保全区画内の話なら別ですけどね。仮に侵入を試みるものがあれば、未遂に終わったとしても可能な限り身柄を確保し、処罰されることになりますので」

 お二人であっても、ですよ? と大尉が念を押すので、アシュレーは分かった、と短く返事をした。

「あと、市内に診療所がありまして、そちらの方にも怪我や死亡などの記録がおおむね保管されているはずです。確約はできませんが、一応部隊の方からも協力が得られるようお願いはしてみます」

「そうだな。じゃあ、頼めるか?」

「何なら、うちの記録に関しては今ここの端末からアーカイヴにアクセスしてもらっても構いませんよ」

 大尉はそう言って、キーボードと一体型の端末を差し出した。

 ミハルには直接端末に接続する機能もあったが、エッシャー大尉を驚かさないようにという配慮か、彼女は指で直接キーボードを叩いた。死亡記録にアクセスし、年齢と性別で条件を絞っていくのを、アシュレーが横からのぞき込む。

「……身元不明、ってのはなさそうだな」

「そうですね。少なくとも氏名と居住地の記載はおおむね揃っているものばかりです。辺境域の未統治区域とは思えないです」

「彼女だったらここ一週間ほどの話だろうから、住民に同化している事はあるまい」

 アシュレーたちがそう言っていると、横でみていたエッシャー大尉が口を挟む。

「……探しているのは、女性ですか?」

「何か、あるのか?」

「二日前に、身元不明の若い女性の遺体を回収したんですよ。まだ報告書が上がってきてないので、アーカイヴには反映されてませんけど」

「二日前だって?」

「診療所の方に、まだ遺体を安置したままになっているはずですよ」

「よし、じゃあそいつにまず当たってみよう。……と、その前に」

「何か?」

「エッシャー大尉、ひとつ折り入ってお願いがあるんだが」

 アシュレーは何故か気まずそうな苦笑いを浮かべながら、実に言いづらそうに、その「お願い」を切り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る