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駐留部隊(その1)
バスはたっぷりと半日をかけて、ようやくハイシティに到着した。
廃墟として今もなおそびえたつ高層建築、その足元に建物が密集する辺りへと、バスはゆっくりと滑り込んでいく。最初に見えてきたのは小さくて四角い建物が密集している区画。どうやら小さな工場のたぐいが軒を連ねているようだった。念のため、そこで下りる者はいないかと運転手が尋ねかけてきたが、乗客は誰も返事をしない。
そこを抜けると、今度は大きな湖が見えてきた。淀んだ赤い湖水をたたえたその湖は、まるで人工的に造られたかのように湖岸が正円に近い弧を描いていた。手近な乗客に尋ねてみると、その湖はクレーター湖と呼ばれているようだった。
その湖を通り過ぎ、バスはようやく廃虚の足元にまでたどり着いた。廃虚に寄り添うように家屋が密集している街の入り口が、バスの降車場になっていた。
「……さて、どこからどうやって始める?」
「王国軍の駐留部隊に、一度出頭しておいた方がいいのではないでしょうか。バスの中では協力は期待できないと話していましたが、正式に要請すれば、あちらも完全に拒否は出来ないはずです。この街で警察力らしい警察力と言えば彼らしかいないわけですし」
「市内で捕り物をするのであれば、仲良くしておいて損はない、というわけか……」
「第一、攻性生物を相手にするのに、私達には武器らしい武器もありませんし」
実際、アシュレーもミハルもそれぞれ拳銃を一丁ずつ、ほんの護身用程度にしか持ち合わせていないのだ。ここまで支援を受けずにやってきたアシュレーはともかく、ミハルは最初から現地で調達する方針だったのだろうか。
そもそも攻性生物である彼女が単独行動でここまでやってきたこと自体が異例といえば異例のはずだった。アシュレーが知識として知る〈シミュラークル〉は、戦場の過酷な環境での運用のため、バックアップ部隊が常に同行し出撃毎に欠かさずにメンテナンスを行う、そういった扱いが基本のはずだったのに。
(情報省が軍部に働きかけて借り出してきた戦力だ。バックアップ部隊まで同行するとなると正式に軍に動いてもらうことになる。さすがにそういうわけにはいかないということか……)
何にせよ、このままでは彼らも銃を携帯して街をうろつく不審人物と変わりなかったかもしれない。
駐留部隊の詰所は、バスの降車場を少し戻ったところの郊外にあった。コンテナ組みの簡便な建物が並ぶ区画を、頼りなさげな若い兵士たちが歩哨に立って、ごく形式的に入り口を警護していた。アシュレーとミハルの二人連れももちろん怪訝に思われたが、彼女が持参していた書類がものを言って、部隊の責任者とすぐに面会が叶った。
「ハイシティへようこそ。私はここの責任者のエッシャーという者です」
アシュレーたちが軍服姿の正規兵ではなかったせいか、応対してくれたローランド・エッシャー大尉はおおよそ軍人らしからぬ様子で、敬礼ではなく握手を求めてきた。大尉というのも階級章から窺い知れた事で、本人からは一切説明はなかった。
実際、エッシャー大尉の人となりはどこかの会計事務所の若い会計士か、ないしは公選弁護人を務める若手の法律家といった様子で、軍服姿にも関わらずおおよそ軍人らしくは見えなかった。そんな彼はミハルが持参した書面にしばし無言で目を通していたかと思うと、気さくな笑顔を向ける。
「まぁ、書面にはなんら不備はありませんから、協力するにはやぶさかではありませんが……やはり機密とあるからには、詳細はなにも教えてはいただけないのですね?」
「俺は別に構わないんだがな。大尉の方で、知っているとまずい事になるかも知れない」
「まあ、そういうことなら余計な詮索は控えておくことにします」
大尉は肩をすくめつつ、そのように返事した。アシュレーらを疎んじているようには見受けられず、どちらかと言えば機密任務という文言に心躍らせている素振りすら窺い知れた。
「ともあれ……この街のどこで何をしようとお二人の勝手ですけど、立入禁止区域には無断で入らないで下さい。どうしても、というときには我々が同行しますので」
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