追跡者(その4)

「彼らの行方を捜索し、音信を絶った原因を調査するのが、あなたの新たな任務です」

「調査、か……」

「不満ですか?」

「追跡チームが三チームということは、追跡対象も三体、向こうにいる、ないしはいたという事になる。俺が追っている〈イゼルキュロス〉を入れれば四体だ」

「その通りですが」

「そいつら追跡チームとの音信が途絶えたということは、可能性は三つ。現時点でもなお任務継続中で今も街に滞在しているか、もしくは任務を放棄していずこかへ逃走したか……」

「三つめは?」

「追跡対象に返り討ちにあって、命を落としたか」

 物騒な物言いだが、別に突飛な考えとも言えなかった。何せ逃走実験体はいずれも攻性生物――〈旧世紀〉のテクノロジーによって作り出された生きた兵器、しかも開発中の最新兵器そのものである。簡単に捕まえたり始末できたり出来ると思う方が間違っている。実際アシュレーだって、イゼルキュロスには過去に何度も返り討ちにあっているのだ。

「もしそいつらが追跡しているその対象に遭遇した場合は、俺達はどうすればいいんだ?」

 三番目の仮定が的中していたとすると、任務は一筋縄ではいかないだろうし、あいにくその可能性が一番濃厚ではないか、という漠然とした予感がアシュレーにはあった。

「可能な限り捕獲、破棄した方がいいのではと思いますが……特に指示は受けてはいません」

 彼女がそういうので、アシュレーもそこでようやく自分の命令書を開封し、中身を確認した。素っ気ない伝達事項の羅列をしげしげと眺めると、ふむ、と頷いた。

「……確かに、その点に関しては明確な指示はないな」

「ハイシティには一応、王国軍の駐留部隊が常駐していますが、彼らの任務はあくまでも現地の遺跡の保全であって、治安の維持ではありません」

「ここで色々話を聞いた限りじゃ、そんなにひどい街っていう印象はなかったがな。……何にしても向こうの部隊の協力は期待出来ないってことか」

「場合によっては彼らの管理下にある、〈旧世紀〉の遺構への立ち入りの必然性も出てくるかも知れませんから、協力は要請した方がいいとは思いますが、そもそも実験体の逃走にまつわる各種情報そのものが、非開示の機密事項ですから」

「そうなると君だけが頼りか……まぁいいさ。情報省の黒服が二、三人付いてるよりは、よっぽど頼りがいがある」

「そういっていただけると恐縮です」

 言葉の中身とは裏腹に、そう言った彼女の態度は、照れるでもなくまるで素っ気なかった。

「そうだな、さしあたって、君に呼び名が必要かな……?」

「ナイン・エーでは問題がありますか」

「そもそも、軍務でここまで来たのなら、なんたってそんな格好をしているんだ?」

「軍服姿で一般の交通手段を利用していては機密任務にならない、という判断から、この装備が支給されました」

 少なくとも私はそのように説明を受けました……と彼女は言うが、戦闘機械であることを考えればじつに悪い冗談だった。

「……だったら、その格好に見合った、女の子らしい名前が必要だな」

「そうおっしゃるのでしたら、今しがた私を呼んだ、ミハルという名前でよいのでは?」

「それがいいか。それじゃあ、君の名前は今からミハルだ。よろしく頼む」

 アシュレーはそう言って軽く会釈したが、当のミハルは納得しているのかいないのか、無表情のまま質問を返す。

「その、ミハル、というのはそもそも誰なのですか? 何故先ほど、私のことをそう呼んだのでしょうか」

「……わからん。俺が生きた人間だった頃の、知り合いか誰かだったかも知れない。もしかしたら君とよく似た同型機種をそのように呼んでいたことがあって、その記憶が蘇ったのかもな」

 ともあれ……アシュレーはもう一度、よろしくと軽口を叩いた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 あくまでも事務的に、彼女はそう返事した。



(次話につづく)

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