追跡者(その3)
「ミハル……?」
果たして――。
何故、その名前を口にしてしまったのか。
アシュレー自身、言ってしまったあとで、自分が一体何を口走ってしまったのかと首をかしげた。
おそらく名前であろう、と漠然と思いはする。だが無論、目の前の少女は知人ではないし、当人の名前でもおそらくは無かったはずだ。
彼女がアシュレーと相対したまましばし無言を貫いたのは、彼女にしても唐突に人の名前のような単語を投げかけられて、その意味をはかりかねていたからかも知れなかった。
次に口を開いたのは、その彼女の方だった。
「……あなたが、アシュレーですね?」
その問いかけもまた、意外なものだった。まさかアシュレーがうっかりと呼びかけてしまったのと同じように、あてずっぽうで彼の名を憶測したわけでもあるまい。彼女の方はあくまでも、あらかじめ彼が何者か知った上で話しかけてきたのだった。
「君は誰だ? どうして俺の名前を知っている」
「あなたの任務をサポートするように命令を受けて、あなたを探していました」
任務、という言葉を聞いて、彼女が何者なのかを知った。
「……君の名前を訊いてもいいか」
「識別番号30231487‐9A。前の任務で組んでいたパートナーは、私の事をナイン・エーと呼んでいましたが」
「君は〈シミュラークル〉だな? 驚いたな。まだ稼働している個体があったなんて。先の休戦協定の締結時に、すべて廃棄処分されたものと思っていたが」
「私達のことをご存知なのですね。〈不死人〉であるあなたには、先の国境紛争で戦死する以前の記憶は一切無いと、資料にはありましたが」
「個人的な記憶はないが、知識として身に着けた事は色々と覚えている。生前の俺は軍人だったんだろう? もしかしたらお前のような攻性生物と一緒に任務にもついていたかもしれない」
アシュレーは攻性生物と一言で括ったが、〈シミュラークル〉は厳密に言えば攻性生物とは異なる。生物工学の技術によって作られた攻性生物の一種をベースに、人間に模した機械の身体を与えた人造の兵士、それが〈シミュラークル〉であった。
アシュレー自身、不死の兵士を作り出すという王立戦略科学研究所の研究プロジェクトの一環として、戦死した兵士を材料にしてつくりだされた〈不死人〉と呼ばれる実験体の一人ではあった。だが元は生きた人間であり、人間とは根本的に異なる種の生命体である〈シミュラークル〉が人間の姿をして人間の兵士として振舞っているのとはわけが違う。生前の記憶が取り戻せていないだけで、彼には感情もあり人間として培った知識や経験があった……あるはずだった。
そんな両者が、自由国境地帯に程近い片田舎で、まさかこのように相対する事があろうとは。アシュレー自身、想像もしていなかった。
「……それで、どうして今更増援なんだ。そもそも俺はそんなもの申請しちゃいないが」
「情報省所属のあなたのサポートチームはおよそ半年前にクラウヴィッツで全滅し、その後のあなた自身の消息も途絶えてしまいました。……あなた自身も実験体なのですよ? どうして連絡もなしに単独行動をとったんですか。脱走と見なされてもおかしくはない行為です」
「まさかそれで、君が俺を捕獲に来たわけではあるまい」
「あなたを探索し、今も任務についているかどうかを確認するのも私に与えられた任務の一つです。あなたが職務を放棄していた場合の対応についても、指示を受けていますが」
彼女はそう前置きをすると、旅行鞄から封書を取り出した。
「あなた宛の新しい命令書です。現在遂行中のものにあわせて、追加の任務があります」
「君はこれの中身を知っているのか?」
「直接には知りません。ですがあなたのサポートが私の任務ですから、私が知らされている詳細も恐らくその命令書の内容とおおむね一致するであろうと推測は出来ます」
「それは、そうだ」
そう言ったきり、アシュレーは封書を手元で弄ぶばかりだった。
「読まないのですか?」
「……口頭で説明してくれるか?」
「まず、あなたの現時点での任務である、実験体である攻性生物〈イゼルキュロス〉の探索。捕獲ないしは保護、場合によっては破棄。これの支援」
簡単に言ってくれるな、とアシュレーは笑う。
「で、追加の任務というのは?」
「ハイシティでの、調査および探索です」
「ふむ」
アシュレーはそう聞いて、しばし思案顔になった。
「その追加命令を出したやつは、どうして俺がハイシティに向かうと分かったんだ?」
「〈王都〉を離れ、クラウヴィッツから先へ向かったとなれば、その先の一番最果てはハイシティということになるかと」
「まあ、それもそうだが」
「あなたがこれから行くハイシティには、あなたと同じ目的の追跡部隊が三チーム、すでに向かっているはずです」
「同じ目的というのは、試作被験体の捜索、ということか。……そんなに沢山先客がいたのか」
「ですが現状、誰も帰還者はいないという話です」
「……ふむ」
「彼らの行方を捜索し、音信を絶った原因を調査するのが、あなたの新たな任務です」
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